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名古屋地方裁判所 昭和45年(行ウ)48号 判決

原告 中北智久

右訴訟代理人弁護士 佐治良三

同 服部 豊

同 水野正信

同 楠田堯爾

右佐治良三訴訟復代理人弁護士 水口 敞

同 棚橋 隆

同 服部 優

同 高橋貞夫

同 山田靖典

同 後藤武夫

同 大山 薫

同 太田耕治

被告 千種税務署長 小林俊夫

右訴訟代理人弁護士 浪川道男

右指定代理人 松原道雄 外二名

主文

一  被告が昭和四四年六月一〇日付でした原告の

1  昭和三九年分の贈与税の決定及び無申告加算税賦課決定処分(ただし、いずれも異議決定及び審査裁決により一部取り消された後のもの。)のうち、贈与税額金二一万二二〇〇円、無申告加算税額金二万一二〇〇円を超える部分、

2  同四〇年分の贈与税の決定及び無申告加算税賦課決定処分(前同)のうち、贈与税額金一三四万二三〇〇円、無申告加算税額金一三万四二〇〇円を超える部分、

3  同四三年分の贈与税の決定及び無申告加算税賦課決定処分(前同)のうち、贈与税額金三六三万八四〇〇円、無申告加算税額金三六万三八〇〇円を超える部分、

をいずれも取り消す。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その二を原告の、その余を被告の各負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和四四年六月一〇日付でした原告の

(一) 昭和三九年、同四〇年及び同四二年の各年分の贈与税の決定及び無申告加算税賦課決定処分(ただし、いずれも異議決定及び審査裁決により一部取り消された後のもの。)、

(二) 昭和四一年分贈与税の更正及び過少申告加算税賦課決定処分(前同)、

(三) 昭和四三年分贈与税の決定及び無申告加算税賦課決定処分(前同)のうち、贈与税額金七一〇〇円、無申告加算税額金七〇〇円を超える部分、

をいずれも取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  被告による課税処分の存在及びこれに至る経緯について

昭和三九年ないし同四三年分の贈与税について、原告のした申告(昭和四一年分)、被告のした決定及び無申告加算税賦課決定処分(昭和四一年分を除く。)、更正及び過少申告加算税賦課決定処分(昭和四一年分。以下、被告のこれらの処分を総称して「本件処分」という。)、異議決定並びに国税不服審判所長がした審査裁決の経緯は、別表一の一ないし三記載のとおりである。

2  本件処分の違法事由について

しかし、被告のした本件処分のうち、昭和三九年、同四〇年及び同四二年の各年分については、いずれも存在しない原告に対する贈与を認定し、昭和四一年分及び同四三年分については、原告に対する贈与を過大に認定(昭和四一年分については申告額を超える部分、同四三年分については贈与税額金七一〇〇円、無申告加算税額金七〇〇円を超える部分。)したものであるから、違法である。

3  よって、原告は、本件処分(ただし、いずれも異議決定及び審査裁決により一部取消し後のもので、昭和四三年分については、贈与税額金七一〇〇円、無申告加算税額金七〇〇円を超える部分。以下同じ。)の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1項の事実は認める。

2  同2項の事実は否認する。

3  同3項は争う。

三  被告の主張

〔贈与税の納税義務の成立について〕

1 当事者について

訴外中北薬品株式会社(以下「訴外会社」という。)は、医薬品卸売を業とする株式会社であり、訴外中北伊助(昭和四六年七月一九日死亡。以下「伊助」という。)は、訴外会社の元代表取締役、原告は、伊助の長男であって伊助の死亡に伴い常務取締役から代表取締役に就任したものである。

2 訴外会社の株式の譲渡及び取得について

(一) 伊助らによる訴外会社の株式の譲渡について

伊助およびその妻である訴外中北歌子(以下「歌子」といい、両人を「伊助ら」ということがある。)は、

(1) 訴外中外製薬株式会社(以下「中外製薬」という。)に対し、昭和三七年二月一日、伊助の保有する訴外会社の株式(以下「本件株式」という。)一万株、

(2) 訴外日本新薬株式会社(以下「日本新薬」といい、中外製薬と併せて「日本新薬等」という。)に対し、同三八年六月一日、伊助の保有する本件株式一〇万株、同四一年八月一一日、歌子の保有する右株式一万八〇〇〇株、同四一年一二月二二日、伊助の保有する右株式八万二〇〇〇株、

をいずれも券面額(一株金五〇円)で譲渡した。

なお、原告は、右(2)の株式の譲渡の月日につき、当初(訴状及び昭和四六年一二月一四日付準備書面)は認めていたのに後(同五五年四月一八日付準備書面)に否認し、これと異なる月日を主張するに至ったが、右は自白の撤回に該当するものであり、被告はこれに異議がある。

(二) 原告による本件株式の取得について

原告は、右譲渡に係る株式二一万株と、訴外会社におけるその後の増資により増加した株式三万六二五〇株(日本新薬につき二万一二五〇株、中外製薬につき一万五〇〇〇株)の合計二四万六二五〇株のうち、

(1) 日本新薬から、昭和三八年八月一〇日、本件株式一万五〇〇〇株、同三九年三月一八日、右株式一万六〇〇〇株、同四〇年三月二七日、右株式一万株、同年八月一四日、右株式二万四〇〇〇株、同四一年三月二三日、右株式一万七〇〇〇株、同四二年三月一一日、右株式三万二〇〇〇株、同年九月一二日、右株式二万四〇〇〇株、同四三年二月二七日、右株式二万株、同年八月三日、右株式二万株、以上、合計一七万八〇〇〇株、

(2) 中外製薬から、同四一年九月二二日、右株式二万株、

以上、総合計一九万八〇〇〇株をいずれも券面額(一株金五〇円)で取得した。その異動状況は、別表二記載のとおりである。

3 伊助らの株式譲渡の目的について

伊助らは、その保有する本件株式を、後継者と目されていた原告及び親族らに譲渡して経営権を委譲するにつき、終生保有して相続させる場合には相続税の、無償ないし低額で直接譲渡すれば贈与税の各負担を免れないことから、これらの租税賦課を回避する目的で、時価と比べて著しく低額な券面額で、前項のとおり、いったん右株式を訴外会社と取引関係にあり、かつ、社長(日本新薬の社長訴外森下弘(以下「森下社長」という。)及び中外製薬の社長訴外上野十蔵(以下「上野社長」という。))とも懇意な間柄である日本新薬等に譲渡し、これを原告に同額で取得させるという迂回な方法を採用することにした。

4 株式買戻権の贈与(主位的主張)について

(一) 伊助らは、昭和三七年ころ及び同三八年ころ、日本新薬の森下社長及び中外製薬の上野社長との間で、増資分を含めて将来券面額で買い戻すことができる旨の権利を留保した上、日本新薬等に本件株式を譲渡したものであり、原告が、前項のとおり、日本新薬等から時価より低額な券面額で右株式を取得し得たのは、伊助らから右買戻権の贈与を受け(伊助と歌子が、その保有する買戻権の各数量に比例した割合で贈与したものと推定すべきである。)、これを行使したことによるものであるから、贈与による買戻権(その価額は、右株式の取得時における時価から原告の買戻価額である券面額を控除した金額である。)の取得がなされたものとして贈与税の納税義務が成立する(国税通則法一五条二項五号。ただし、日本新薬から昭和三八年八月一〇日に取得した一万五〇〇〇株については、本件処分の対象となっていない。以下同様である。)。

(二) 国税通則法一五条二項五号は、贈与税の納税義務は贈与による財産の取得の時に成立する旨定めているところ、本件における右納税義務成立の時点は、原告は、日本新薬等から本件株式を取得する都度、伊助らから右買戻権の贈与を受けていた(観念的には、その直前と解される。)ものであるから、右株式の各取得時であり、仮にそうでないとしても、右買戻権の贈与は書面によらない贈与であるところ、かかる贈与については取り消し得るから(民法五五〇条)、当該贈与が履行され、取り消し得ない状態になった時点をもって贈与税の納税義務成立の時と解すべきであり(昭和三四年直資一〇相続税法基本通達六条参照)、本件についていえば、受贈者たる原告が伊助らから贈与を受けた買戻権を行使して右株式を取得することによって、伊助らが右取消権を行使できなくなったというべきであるから、右株式の取得時に納税義務が成立する。

5 みなす贈与(予備的主張)について

(一) 仮に前記の買戻権の贈与が認められず、伊助らが日本新薬等に対して本件株式を譲渡する際、右両者の間で、日本新薬等は増資分も含めて右株式を券面額で原告に譲渡する旨の第三者のためにする契約が締結されたものであるとしても、諾約者である日本新薬等は、要約者である伊助らの意思に従い、券面額で取得した本件株式を増資分も含めて券面額で原告に譲渡し、これにより原告は、時価と券面額との差額に相当する経済的利益を得たものであって、要約者たる伊助らと受益者たる原告の間の対価関係は贈与というべきである。

(二) 原告の享受した右経済的利益は、伊助らと日本新薬等との補償関係において、伊助らが本件株式を時価よりも低額な券面額で譲渡したことに基因するところ、右譲渡は、贈与税の負担を免れる目的で日本新薬等を中間に介在させ、しかも、売買価額を時価よりも著しく低額な券面額とする特約を付するなど通常の株式売買と比較して異常といわざるを得ず、結局、私法上の選択可能性を利用し、合理的な理由なく取引を迂回させる手段をとることによって、租税の負担を回避しながら、原告への右株式の低額譲渡を実現しょうとしたものというべきである。

したがって、原告は、右株式を時価よりも著しく低い券面額で伊助らから譲渡され、これを取得したものであるから、相続税法七条により、右株式取得時に、時価と券面額との差額に相当する金員を伊助らから贈与により取得したものとみなすべきものであり、右取得時に贈与税の納税義務が成立する。

(三) 仮にそうでないとしても、一般に私法上の贈与契約によって財産を取得したものではないが、実質的に経済的利益を受けた場合には、相続税法九条により、右経済的利益を課税財産として贈与税を賦課することとされているところ、原告らの前記行為は、第三者のためにする契約の方式を利用した租税回避行為というべきであり、かかる行為を容認するときは、現行の贈与税に関する諸規定は形骸化し、租税回避行為を行わなかった者との間に著しい不公平を生ずることになるので、租税法の適用に当っては、単に当事者の選択した法律的形式だけでなく、その経済的実質をも検討して判断すべきものであり、法律的形式が異常なものであり、かつ、これを選択したことにつきこれを正当化する特段の事情がない限り、租税負担の公平の見地からして、右法律的形式には拘束されないと解すべきである。

そして、本件において、原告は、本件株式を時価よりも著しく低い券面額で取得したことにより、その差額に相当する経済的利益を得たのであるから、原告は、相続税法九条にいう「利益を受けた者」に該当し、右株式を取得した時に右利益に相当する金員を伊助らから取得したものとみなして、贈与税の納税義務が成立する。

6 その他の贈与について

(一) 原告は、昭和三九年一二月二七日、義父である訴外渡辺治彦(以下「渡辺」という。)から、本件株式一万株を券面額で譲り受けた。

後記のとおり、右株式の時価は右譲受額より高額であるから、相続税法七条により、その差額相当の金員は、渡辺から原告に贈与されたとみなすべきものである。

(二) 原告は、昭和四三年六月二九日、伊助から割引長期信用債券五〇口の取得資金として金四七万一五〇〇円の贈与を受けた。

〔本件株式の価額について〕

7 評価の原則について

贈与により取得した財産の価額は、取得時の時価によるとされている(相続税法二二条)が、右の時価とは、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額、すなわち客観的交換価値をいうところ、本件株式のように証券取引所に上場されていないいわゆる非上場株式(非公開株式)で気配相場もないものについては、取引社会の通念によって一般に適正妥当と認められた方法により評価することを要し、単に券面額をもって時価とみなすべきものではない。

ところで、右株式の価額については次に述べる方法によって評価すべきところ、その価額は、いずれも本件処分に係る評価額を上回り、これによって認定された贈与金額(評価額から原告が実際に支払った券面額を控除した額。)を超えるものであるから、本件処分は適法というべきである。

8 純資産法による評価(主位的主張)について

(一) 一般に、特定の株主が一人で当該会社の発行済株式の一〇〇パーセントを保有する場合には、同会社の経営形態は、実質的に個人経営と異ならないと解されるように、特定の株主及び同人と密接な関係を有する者の保有する株式の数が発行済株式数の内に占める割合が高ければ高いほど当該会社の経営形態に個人的色彩が強まるところ、かかる会社においては、利益を会社内部に留保して法人税率よりも高い所得税の累進課税を回避したり、少数の支配株主のお手盛りによる取引や経理が行われやすく、その結果として税負担が減少することが少なくない。これらの傾向に対処するため、租税法は、右のような法人のうち、一定の形式的基準に該当するものを同族会社と呼び(法人税法二条一〇号参照)、他の法人と異なる特別の定めをしている。

そして、訴外会社は、別表三記載のとおりの株主構成であり、原告及びその親族(配偶者、六親等内の血族及び三親等内の姻族)が発行済株式総数の七〇パーセント前後(日本新薬等を含めると七五パーセント以上)の極めて高率の株式数を保有する同族会社であって、役員もほとんどこの一族によって占められており、右株式は、証券取引所に上場されていないのはもとより、気配相場もなく、一般には取引の対象さえなっていない。したがって、訴外会社は個人的経営形態の色彩の濃い株式会社であって、原告及びその親族は、ほぼ完全にその経営を支配しているというべきものである。

(二) 右に述べたような会社における株式は、その本質において持分的経営参加性が極めて強く、その価値は、会社資産に密接に依存しているから、これを評価するには、純資産法、すなわち、課税時期直前の事業年度における総資産価額(帳簿価額によって計算する。)から負債(企業会計等でいう負債とは異なり、いわゆる外部債務を指し、貸借対照表上の引当金、準備金は、退職給与引当金を除き、これに該当しない。)を控除した純資産価額を当該会社の株式数で除した金額をもって一株の価額とする方法を適用するのが最も合理的である。

(三) 訴外会社の作成した営業報告書(貸借対照表、損益計算書及び利益金処分)並びに法人税確定申告書を基にした純資産法による評価の基礎となる訴外会社の資産及び負債の内訳及び金額は、別表四の付表(昭和三八年八月)及び同五の付表1ないし9(同三九年三月から同四三年八月)記載のとおりである(これらは、その性質上、当該課税時期の直前期末における数値である。)。

すなわち、「資産の部」は、貸借対照表の「資産の部の金額」に、確定申告書等に記載された税務計算上の利益積立金額を「税務調整分」として加算したものであり、「負債の部」は、貸借対照表の「負債の部の金額」から退職給与引当金を除く各種準備金、引当金を控除した後の金額に、当該事業年度に係る法人税等並びに利益金処分のうち役員賞与金及び配当金の金額を「簿外負債」として加算したものである(以下同じ。)。

これを基に評価した本件株式の価額は、昭和三八年八月の課税時期(本件処分の対象は、昭和三九年分以降の贈与税であるが、原告は、2項(二)(1)で述べたとおり、同三八年八月一〇日にも日本新薬から本件株式一万五〇〇〇株を取得しているので、同一人から三年以内になされた贈与は、これを累積して課税する旨定めた当時(昭和四一年法律第三三号による改正前)の相続税法二一条の六の規定(右改正後は同法二一条の七)により、右時期における評価をする必要がある。)においては別表四に、同三九年三月から同四三年八月までの課税時期においては別表五に各記載のとおりである(以下右各課税時期を総称して「本件課税時期」という。)。

9 類似会社、類似業種比準価額法による評価(予備的主張)について

(一) 相続税、贈与税の課税価額を算定するための株式評価方法として、訴外会社のように大会社に区分される会社については、昭和三八年分以前は類似会社比準価額法が(昭和二六年直資一-五「富裕税財産評価事務取扱通達」(以下「旧評価通達」という。)一八六の二)、同三九年分以降は類似業種比準価額法が(昭和三九年直資五六「相続税財産評価に関する基本通達」(以下「基本通達」という。)一七九)、それぞれ通達上の評価方式として広く一般にも定着していたところ、右各方式も合理性を有するというべきである。

ところで、本件処分の対象は、昭和三九年分以降の贈与税であるが、前記のとおり、当時(昭和四一年法律第三三号による改正前)の相続税法二一条の六の規定により、同三八年中の贈与価額をも算定する必要があるところ、右に述べたところに従い、同三八年中の本件株式の評価は類似会社比準価額法の、それ以降は類似業種比準価額法の各適用を主張する。

(二) 類似会社比準価額法について

(1) 類似会社比準価額法は、上場会社のうち、その株式の価額を評価しようとする会社(以下「評価会社」という。)と事業の種類が同一であって、資産の構成、収益の状況等が類似し、かつ、その株式について取引相場又は気配相場のある単数の会社(以下「類似会社」という。)を選び、その株価に比準して次の(イ)、(ロ)の計算式により評価会社の株価を求める方法であり、課税にあたっては、(イ)式及び(ロ)式により算出された数額のうち、いずれか低い価額をもって評価額とするものである。

一般に右三要素は、株価を形成する主たる要因というべきであるが、上場株式は、右の外に、経営方針、社歴、技術の程度、経営者の手腕等、計数化されない要素が加味されて株価を形成しているところ、被告の主張する右方式は、三要素の外に一定の常数を加味することにより、非上場株式が流通性において劣ることを補い、評価の安全性を確保することを可能としているので、合理的な評価方法というべきである。

(イ)A×(〈B〉÷B)+(〈C〉÷C)+(〈D〉÷D)+3/6

(ロ)A×(〈B〉÷B)+(〈C〉÷C)+(〈D〉÷D)/3

(注) Aは類似会社の一株当たりの株式の価額(毎日の終値の一か月間を通じた平均株価)、Bは類似会社の課税時期直前に終了した事業年度の最後の日以前一年間における一株当たり配当金額(特別配当、記念配当等で将来毎期受けることを予想できないものを除く。)、Cは類似会社の同様の一株当たりの利益金額、Dは類似会社の課税時期における一株当たりの純資産価額であり、〈B〉、〈C〉、〈D〉は、それぞれ評価会社の右B、C、Dに対応する金額である。

なお、利益金額、純資産価額については、会計処理の恣意性を排し、同一基準に基づく数値により対比するため、いずれも法人税の課税上把握している数値によるものとし、利益金額については、経常損益に特別損益を加除し、さらに経費否認の操作を経た後の課税利益の数値とする(以下同じ。)。

(2) そして、被告は、前記基準に従い、訴外会社の類似会社として、資本金五億円で化学薬品、合成樹脂、医薬品染料の卸売を業とする訴外稲畑産業株式会社(以下「稲畑産業」という。)を選定している。

(3) 稲畑産業の昭和三八年八月中の株価(終値)は、別表六記載のとおりであるので、その平均額である金二三九円がAとなる。

また、B、C、Dの各数値は、別表九の「比準会社、業種」欄の昭和三八年八月の行に記載のとおり、次の数値となる。

B 金七・五円

C 金二九円

D 金一二五円

(三) 類似業種比準価額法について

(1) 類似業種比準価額法は、全国の上場会社を日本標準産業分類に従って業種によって区分し、評価会社と類似する業種の株価、配当金額、利益金額及び純資産価額に比準して、次の(ハ)、(ニ)の各計算式により評価会社の株価を求める方法であり、課税に当たっては、(ハ)式及び(ニ)式により算出された数額のうち、低い価額をもって評価額とするものである。

被告の主張する右方式が、右三要素の外に一定の常数を加味することにより、非上場株式が流通性において劣ることを補い、評価の安全性を確保することを可能としているので、合理的な評価方法というべきことは、類似会社比準価額法においてのべたと同様である。

(ハ)A×(〈B〉÷B)+(〈C〉÷C)+(〈D〉÷D)+3/6

(ニ)A×(〈B〉÷B)+(〈C〉÷C)+(〈D〉÷D)+1/4

(注)Aは類似業種の株価(一か月間を通じた平均株価)、Bは類似業種の一株当たりの年間配当金額、Cは類似業種の一株当たりの年間利益金額、Dは類似業種の一株当たりの純資産価額であり、いずれも日本標準産業分類による業種区分により分類された上場会社の事業内容を国税庁が調査し、これに基づいて予め定められている(以下同じ。)。〈B〉、〈C〉、〈D〉は、評価会社の右B、C、Dに対応する金額である。

(2) 右方式を適用するについては、評価の妥当性を担保するため、前記のとおり、業種を日本標準産業分類によってできる限り細分し、次の基準で選定された複数の上場会社を標本として(以下、その選定された上場会社を「標本会社」という。)、その平均値をもって類似業種の数値とする。そして、その標本会社の数が三社に満たない業種については、これをその業種と密接な関連性、共通性のある業種に併合し、その中から次の基準に従って標本会社を選定することとする。

(イ) 標本会社の業種別の分類は、総収入金額のうち、単独の業種に係る収入金額の占める割合が五〇パーセントを超える業種に属するものとすること。

(ロ) 比準三要素中、二以上の比準要素の数値が○である上場会社は標本会社としないこと。

(ハ) 株価等が異常であると認められるものは標本会社としないこと。

(3) 前記の基準に基づいて標本会社の選定作業をしたところ、訴外会社の営む「医薬品卸売業」及びこれを包含する小分類「医薬品、化粧品卸売業」に属する上場会社は、一定の標本数に達しなかったので、対象範囲を医薬品卸売業に類似する他の小分類「化学製品卸売業」に属する上場会社も対象に含めて検討し、別表七記載のとおり、一三社の標本会社を選定した。

(4) 前記標本会社を基にした類似業種のA、B、C、Dの各数値は、別表九の「比準会社、業種」欄に記載(ただし、昭和三八年八月の行を除く。)のとおりである。

(四) 本件株式の一株当たりの純資産価額、利益金額及び配当金額(前記(イ)ないし(ニ)式における〈B〉、〈C〉、〈D〉並びにその計算過程は、別表八記載のとおりであり、これと類似会社(昭和三八年)又は類似業種(昭和三九年以降)の前記A、B、C、Dの数値を基に類似会社、類似業種比準価額法を適用して評価した本件株式の評価額及びその計算過程は、別表九記載のとおりである。

〔本件処分の適法性について〕

10 本件処分の課税価格及び税額について

(一) 純資産法により評価した本件株式の価額に原告の取得した株式数を乗じ、これに現金の贈与(前記6項(二))及び原告の申告に係る土地(名古屋市中区錦二丁目九〇五番地の四 宅地三六・三三平方メートル)の贈与(昭和四一年分)を含めた贈与税の課税価格及び贈与税(加算税)額は、別表一〇記載のとおりであり、その算出過程は、同一一記載のとおりである。

(二) また、類似会社、類似業種比準価額法により評価した本件株式の価額を基に、右と同様の作業をして得られた贈与税の課税価格及び贈与税額は別表一二記載のとおりであり、その算出過程は同一三記載のとおりである。

11 結論

よって、本件処分に係る贈与金額の認定は、右各評価方式による贈与金額のいずれをも下回っているから、本件処分は適法である。

四  被告の主張に対する認否

1  請求原因1項の事実は認める。

2(一)(1) 同2項(一)(1)の事実は認める。

(2) 同2項(一)(2)の事実は否認する。

伊助らが日本新薬に本件株式二〇万株を譲渡する旨の債権契約が成立したのは、昭和三八年四月二〇日であり、同日、一〇万株について株式の引渡しが行われ、残り一〇万株についても同四一年中に引き渡されたものであることは、後記(原告の反論1項(二))のとおりである。

このように、後日株券の引渡しを行うことを前提として株式の譲渡を約する契約も債権契約として有効であって、原告が、当初、被告の主張する譲渡の月日を認めたのは、名義変更による対抗要件具備の月日を基準として認否したものであり、後にこれと異なる株式引渡しの日を主張したからといって、自白の撤回になるものではないし、そもそも右譲渡の日は主要事実でないから、右主張が許容されることは明らかである。

(二) 同2項(二)(1)、(2)の各事実はいずれも認める。

3  同3項のうち、日本新薬等と訴外会社が取引関係にあること、伊助が森下社長及び上野社長と懇意な間柄にあったこと、以上の事実は認めるが、その余は否認する。

4(一)  同4項(一)は否認ないし争う。

伊助らが日本新薬等に本件株式を譲渡した際、人情的にはともかく、法律的には何らの条件、制約も付されていなかったので、日本新薬等が買戻しに応じなかったとしても、原告は履行を強制することはできなかったものである。したがって、日本新薬等が右株式を原告に譲渡したのも、法律上は通常の売買であり、伊助らから贈与を受けた買戻権を行使したものではない。

(二)  同4項(二)は否認ないし争う。

被告の買戻権の贈与の主張自体、そのなされた日時、場所、態様及び債権譲渡の通知方法が十分に特定されていないので、主張責任を果たしているとはいえず、失当というべきである。

5  同5項(一)ないし(三)はいずれも否認ないし争う。

本件株式の価値(取引価額)は、後記(原告の反論7項(一))のとおり、券面額であるから、原告は、時価と券面額との差額に相当する経済的利益を得たことはなく、原告による本件株式の取得は、「租税回避行為」や伊助らからの「低額譲渡」に該当しない。

仮に「低額譲渡」に該当するならば、第三者のためにする契約自体が贈与(みなす贈与ではない。)となるから、その納税義務は、右契約が成立し、原告が受益の意思表示をした時に生じるというべきであり、そうであれば、後記(原告の反論3項)のとおり、納税義務は時効により消滅していることになるが、このことは、被告が、「日本新薬等を中間に介在させ」るという「取引を迂回させる手段」をとったと主張していることからも明らかである。

6(一)  同6項(一)のうち、原告が、昭和三九年一二月二七日、義父である渡辺から本件株式一万株を券面額で譲り受けたことは認めるが、その余は否認ないし争う。

(二)  同6項(二)の事実は認める。

7  同7項のうち、本件株式が非上場株式であり、気配相場もないことは認めるが、その余は否認ないし争う。

8(一)  同8項(一)のうち、訴外会社の株主構成が別表三記載のとおりであること、その株式が証券取引所に上場されておらず、気配相場もないこと、以上の事実は認めるが、その余は否認ないし争う。

(二)  同8項(二)は否認ないし争う。

(三)  同8項(三)のうち、訴外会社の作成した営業報告書及び法人税確定申告書を基に被告主張の操作を加えた同社の資産及び負債の内訳及び金額が、別表四の付表(昭和三八年八月)及び同五の付表1ないし9(同三九年三月から同四三年八月)記載のとおりであることは認めるが、その余は不知ないし争う。

9(一)  同9項(一)のうち、訴外会社のように大会社に区分される会社の株式を評価する方法として、通達は、昭和三八年以前は類似会社比準価額法を(旧評価通達一八六の二)、同三九年以降は類似業種比準価額法を(基本通達一七九)各規定していたことは認めるが、その余は否認ないし争う。

(二)(1) 同9項(二)(1)のうち、旧評価通達(昭和三八年以前)の定める類似会社比準価額法が被告主張の方法であったことは認めるが、その余は否認ないし争う。

(2) 同9項(二)(2)の事実は知らない。

(3) 同9項(二)(3)の事実は知らない。

(三)(l)  同9項(三)(1)のうち、基本通達(昭和三九年以降)の定める類似業種比準価額法が被告主張の方法であったことは認めるが、その余は否認ないし争う。

(2) 同9項(三)(2)の事実は知らないが、その選定基準が合理的であることは争う。右基準によると、利益がなく、配当をしない会社は排除されるので、内容のよい会社のみが標本会社となり、必然的に株式の評価額が高くなる。

(3) 同9項(三)(3)の事実は知らない。

(4) 同9項(三)(4)の事実は知らない。

(四)  同9項(四)前段のうち、本件株式の一株当たりの純資産価額、利益金額及び配当金額並びにその計算過程が、法人税確定申告書の数値に基づくと、別表八記載のとおりであることは認めるが、その余の事実は知らない。同後段の事実は否認する。

10  同10項(一)、(二)はいずれも争う。

11  同11は争う。

五  原告の反論

〔贈与税の納税義務の不成立ないし消滅について〕

1 伊助らの株式譲渡と原告の同株式取得の経緯について

(一) 伊助らが本件株式を日本新薬等に譲渡したのは、次のような趣旨であり、租税負担を回避するためではない。すなわち、当時、訴外会社の代表取締役をしていた伊助の健康状態がすぐれず、できるだけ早い時期に原告を自己の後継者にすることを考えてはいたものの、原告が若年のため、内外に対する配慮からその実行を躊躇せざるを得なかったので、訴外会社と緊密な関係にあって従来からその株式の保有を希望しており、かつ、社長とも個人的に親しい間柄にあった日本新薬等に原告の後見人の役割を期待し、同人に対する援助を求める趣旨で伊助らの保有する本件株式を一時的に譲渡したものであり、その際、原告が内外の信用を得、その地位を固めるに応じて(すなわち、具体的には買戻しに必要な資金を貯えたときに)、右株式を券面額で買い戻すことを右三者間で約定したものである。

また、伊助の周辺では、昭和三〇年代に入り、次のように多額の資金を必要とする出来事が次々と生じ、伊助は、それを訴外会社からの借入金などによって賄ってきたところ、右債務をそのまま残しておくことは好ましくないとの判断から、伊助らの保有する本件株式を譲渡するに至ったものである。すなわち、まず、昭和三〇年に長女である訴外富子(現姓伊達。以下「富子」という。)が、同三三年に次女である訴外佐喜子(現姓森。以下「佐喜子」という。)が、それぞれ婚姻したが、当該地方では、冠婚葬祭を派手に行う風習があり、特に婚礼家具や子女の出産に伴う出費は、嫁方両親の負担とされているので、実力以上の出費を強いられた伊助は、かねてからの貯えをほとんど費消してしまい、同三四年九月二六日の伊勢湾台風により、建築途中の居宅に大被害を受けたときにも、その復旧資金に不足し、一時は工事の続行を見合わせ、他からの借入金によってかろうじて工事を再開することができた程であった。さらに同三五年四月には次男である訴外高試(以下「高試」という。)が慶応義塾大学商学部に入学し、翌三六年には三女である訴外敬子(現姓岩田。以下「敬子」という。)が、同三七年五月には原告がそれぞれ婚姻し、これらに要する諸費用は、すべて伊助が負担することとなったものである。

(二)(1) 伊助は、右に述べたような趣旨で、その保有する本件株式を製薬メーカーに譲渡することを決意し、これを原告に告げたところ、原告は、右事情を了解したものの、自己が訴外会社の社長に就任した場合の便宜を考え、伊助に対し、将来資金が貯ったときには、その都度、原告において買い戻すことができるよう、メーカー側と約束を取り交わしておいて欲しい旨依頼し、その承諾を得た。

(2) そこで、伊助は、まず昭和三七年二月までの間に、中外製薬の上野社長と面談し、将来、増資分を含めた本件株式を一株金五〇円で買い戻す権利を原告に与える旨の約定を定めた上、右株式一万株を譲渡する契約を締結し、同年二月一日、名義書換えをしてその引渡しを了した。

原告は、伊助から右契約の成立を聞かされた直後、中外製薬名古屋支店に出向き、同支店長に対し、右契約によって発生した買戻権を取得する旨の受益の意思表示をしたところ、既に上野社長から内容を聞き及んでいた右支店長は、原告の右申出を了解した。

(3) 次いで、伊助は、昭和三七年暮れころ、日本新薬の森下社長を訪れ、本件株式譲渡に関し、自己の希望を述べ、同社長の了解を得た。そこで、右株式譲渡につき具体的な条件を取り決めるため、日本新薬の常務取締役訴外宮本司(以下「宮本常務」という。)は、森下社長の指示により、昭和三八年四月二〇日、名古屋に出張し、訴外会社を訪れた後、料亭「御納屋」にて伊助及び原告と面談した(以下、右面談を「御納屋会談」という。)。御納屋会談では、伊助から、原告が訴外会社を経営するようになった際には、原告の後見役を務めて欲しい旨要請するとともに、本件株式二〇万株(差し当たり一〇万株)を券面額で譲り受けて欲しい、原告が資金を貯めたときは、うち一万株を除いた株式を増資分を含めて券面額で買い戻させて欲しい旨希望を述べたところ、宮本常務は、右申出を異議なく承諾した。

そこで、伊助らは、直ちに右株式一〇万株を日本新薬に引き渡し(ただし、三月末決算のため、名義書換えが停止されていた関係上、同年六月一日付でなされた。)、さらに同四一年中に残りの一〇万株の引渡しがなされた。

(三) 原告は、前記のとおり、伊助と日本新薬等との間の第三者のためにする契約から生じた券面額による株式買戻権を、直ちに受益の意思表示をしたことにより、直接取得し、これを行使して被告の主張2項(二)(1)、(2)の記載のとおり、日本新薬等から本件株式を買い戻して取得したものであり、被告の主張するように、伊助の取得した買戻権の譲渡を受けたものではない。

また、原告は、昭和三九年一二月二七日、渡辺から本件株式一万株を券面額で譲り受けた(被告の主張6項(一)、これに対する認否6項(一))が、右は、渡辺が本件株式を保有したいとの意向を持っていたので、原告の有する株式買戻権一万株分を、日本新薬の承諾を得て譲渡し、渡辺はこれを行使して、同年三月一二日、日本新薬から右株式一万株を取得したが、同年一二月に入って、原告から右株式を買い取りたい旨申し入れたところ、渡辺がこれを受け入れ、代金五〇万円(一株当たり金五〇円)で譲渡が行われたものであり、原告の他の親族(妻子弟妹等)が日本新薬等から本件株式を買い戻しているのも、右と同様に、原告から右買戻権の一部の譲渡を受けてこれを行使した結果にすぎないのであって、原告のみが、前記第三者のためにする契約に基づき、右買戻権を直接取得したことと矛盾するわけではない。

2 一時所得の主張について

仮に前記の経緯によって原告が何らかの経済的利益を得たとしても、右利益は、あくまで本件株式の「買戻し」行為によって発生したものであり、買戻権の取得自体によって生じたものではないから、これを与えた者は、右株式を原告に譲渡した日本新薬等というべきところ、相続税法二一条の三第一項一号は、法人からの贈与により取得した財産の価額は、贈与税の課税価格に算入しない旨規定し、昭和四五年七月一日直審(所)三〇「所得税基本通達」三四-一(5)も、法人からの贈与により取得する金品は、一時所得に該当する旨規定しているから、原告に対し、所得税を課するのは格別、贈与税を賦課した本件処分は、この点において既に違法というべきである。

3 贈与税の納税義務の時効消滅について

(一) 一般に、我が実定法は、意思表示のみによって法律行為の効力が生じる制度を採用しており、特に第三者のためにする契約は、右第三者が受益の意思表示をすることにより、その権利を直接に取得する効力を有するものである。

そうすると、前記のとおり、原告が本件株式の買戻権を取得したのは、伊助と中外製薬の関係では、原告のためにする譲渡契約の成立後、昭和三七年二月一日までの間に、原告が中外製薬の名古屋支店長に対して受益の意思表示をした時点であり、日本新薬との関係では、同三八年四月二〇日の御納屋会談がもたれた時点というべきである。

(二) ところで、贈与税の納税義務の成立時期については、国税通則法一五条二項五号が、「贈与による財産の取得の時」と規定しているところ、同法は、右「財産の取得」時につき特段の定義規定を有しないので、民法の一般理論である意思主義に従い、書面によると否とにかかわらず、当該権利の移転する契約の成立時と解するのが正当であり、書面によらない贈与についてはその履行の時とする前掲相続税法基本通達六条一項は、我が実定法を正当に解釈したものとはいえない。

そうすると、仮に本件株式の買戻権の取得が贈与税の納税義務を発生させたとしても、その成立時期は、原告の受益の意思表示が行われ、かつ、右株式が引き渡された時点、具体的には、前記のとおり、中外製薬関係では昭和三七年二月一日ころ、日本新薬関係では同三八年四月二〇日というべきところ、国税通則法七二条一項は、国税徴収権は、原則としてその国税の法定納期限(贈与税の場合、相続税法三条、二八条により翌年三月一五日(昭和四〇年法律第四号による改正前は翌年二月末日))から五年間行使しないことによって消滅する旨規定しているから、同四四年六月一〇日付でなされた本件処分は、右期限経過後になされたものであり、また、同法七〇条の定める更正決定等の期間制限に違反していることが明らかであって、違法である。

仮に前掲相続税基本通達が正当であり、伊助らから原告に対し株式買戻権の贈与があったとしても、その贈与の対象が債権であって、伊助らにおいて引渡しその他の履行々為を格別に要しないものであり、また、右債権の譲渡は債務者である日本新薬等との合意のもとになされており、しかも原告は直ちに受益の意思表示をしたものであるから、このような贈与の内容及び形式に照らすと、伊助らとしては、右買戻権の贈与につきこれ以上なすべき行為は何もなく、既に履行を終えて原告の地位は確定した(民法五三八条)というべきであるから、伊助らは、右時点で取消権を失ったものであり、同様の結論となる。

4 無申告加算税及び過少申告加算税の賦課決定処分の違法について

仮に、原告において贈与税の申告をすべきであったとしても、右義務を履行するためには、本件株式の価額を正しく評価する必要があるところ、この評価は、被告による本件処分及び異議決定並びに国税不服審判所長の裁決が、すべて結論を異にしていることからも明らかなとおり、極めて困難な作業であって、一市民にすぎない原告にこれを期待することは、不可能を強いることにほかならない。これに加えて、後記(原告の反論7項(一))のとおり、右株式を券面額で取引する慣習が確立していたことを考慮すると、原告が、右株式を一株五〇円と評価し、贈与税の申告をしなかったことはやむを得ないというべく、国税通則法六五条二項(昭和五九年法律第五号による同法の改正後においては同条四項)の「正当な理由」があるから、本件処分のうち、無申告加算税及び過少申告加算税の賦課決定の部分は違法である。

〔被告による株式価額の評価の違法性について〕

5 純資産法の違法性について

(一) 形式的違法性について

(1) 訴外会社は、直前期末以前一年間の取引金額が金五〇億円以上であるとの点において、基本通達一七八の区分上、「大会社」に該当するので、同一七九によれば、本件株式は、類似業種比準価額法によって評価すべきものであり、純資産法を適用することは、明らかに右基本通達に違反することになる。

そして、通達は、上級行政機関が下級行政機関及びその職員に対して、職務権限の行使を指揮し、職務に関して命令するために発するものであり、下級行政機関等はこれに従って権限を行使しなければならない拘束を受けるため、抽象的な法規の具体的解釈、適用は通達に従ってなされるという状態が全国的かつ長期間にわたって継続しているところ、特に租税法規においては、抽象的に基本原則を定めるにとどまることが多いので、右の傾向は顕著であって、本件についていえば、原告をはじめとする納税者は、相続に係る株式は通達によって評価されるものと信頼するに至っており、右信頼関係は、当事者間の関係を規律すべき信義衡平の原則に照らし、また、法の下の平等を定めた憲法上の要請に照らしても、法的に保護されるべきものである。

そして、通達に基づく行政が積み重なると、行政当局は当該通達の採用した具体的解釈、適用に拘束され、何ら合理的な理由なくしてこれに反する解釈を採ることは許されず、これに反した行政処分は違法性を帯びるというべきである。

したがって、被告が基本通達一七八、一七九に反し、恣意的に純資産法を適用して本件株式の価額を評価することは違法である。

(2) 仮に通達に反する取扱いが許される場合があるとしても、訴外会社に純資産法を適用するのは合理的とはいえない。

すなわち、訴外会社において、原告が筆頭株主になったのは昭和四二年三月期からであるが、原告およびその一族(税法の定義に従う。)の保有する株式の比率は、七〇パーセント前後であって、一般の同族会社に比して特に高率とはいえないこと、株主の中には、訴外武田薬品株式会社、同塩野義製薬株式会社、同第一製薬株式会社、中外製薬など、原告やその一族の意向の及ばない部外株主があり、さらに、訴外会社は、戦前戦後を通じて一〇社近くの会社を吸収合併した経緯から、被合併会社の役員や従業員を相当数含むため、株主総会は商法の定めるとおり開催されていること、役員のうち、原告の一族に属する者は、昭和三八年当時において八名中三名、同四〇年当時において一三名中四名、同四四年当時において一二名中四名に過ぎず、取締役会等もすべて商法の定めるところに従って開催されていること、訴外会社の営業活動その他日常業務の処理においても、企業利益が最も重視されており、同族の利益を優先する運営はなされていないこと、現に役員報酬や役員賞与の支給に当たり、同族役員が特に有利な取扱いを受けていることはないこと、従業員によって労働組合が結成されていること、など訴外会社は、一般の同族会社と比べて個人経営形態の色彩が薄い会社であることが明らかであり、かかる会社に純資産法を適用することは、合理的な理由がなく違法というべきである。

(二) 実体的違法性について

(1) 純資産法は、企業の解体を前提とするものであるから、清算中又は近く解散することが予定されている会社の株式の評価方法としてはともかく、訴外会社のように現に営業活動を行っているものについては、その株式は、あくまで企業活動の継続を前提として評価されなければならないので、右方法は著しく妥当性を欠き、これによる評価は違法性を帯びるものである。

(2) 純資産法はすぐれて現実的な手法であり、これに用いる資産、負債の額は、正確に時価を反映したものでなければならないが、法人税確定申告書等に表示された純資産は、企業会計上の観念であって、現実の時価を反映するものとはいえないにもかかわらず、被告は、帳簿価額によって純資産価額を算出しているので違法である。すなわち、貸借対照表上の資産の部に計上されているものの大部分は、費用の未配分額としての意味を有し、毎期費用として配分されることにより、期間損益を明らかにし、ひいては配当可能利益額を明確にする会計技術として評価されるに過ぎないものであるから、右は株式の時価とは結びつかないというべきである。また、繰延資産のような費用性のものが資産とされたり、売掛金や在庫の帳簿価額は現実と遊離することが多いし、逆に真実の退職引当金を全額負債として計上することができず、現に本件においても別表四、五の各付表中の退職引当金は、現実に要する退職金の四〇パーセント程度にとどまっている。

その上、会社の資産が増加しても、これが直ちに配当の形で株主の利益に還元されるわけではなく、会社の経済的基盤を強固にするため、法定準備金あるいは任意準備金という名目の下に、一定の額まであるいは無制限に会社内部に留保されるのであり、その外各種準備金あるいは引当金の名目の下に資産として留保されるものも多く存するので、小会社はともかく、相当な規模を有する会社まで、一株当たりの純資産額をもってその価額と評価すれば、それが有する客観的交換価値より著しく高額になる場合が往々にして生ずるというべきところ、訴外会社は、基本通達上の「大会社」(ちなみに、訴外会社は、株式会社の監査等に関する商法の特例に関する法律(昭和四九年法律第二二号)二条二号にも該当する「大会社」である。)であるので、その株式を評価する方式としては、純資産法は、到底妥当とはいえず、違法である。

(3) 株式は、企業の所有する資産のみならず、企業の収益力、将来性、事業規模及び経営者の手腕等、種々の因子によってその評価額が決定されるものであるところ、純資産法は、前者のみに依拠し、その他の諸要因を何ら考慮しないから、著しく不当であって、これによる評価は違法というべきである。

(4) 純資産法は、当該会社がいくらの資産を有するかの問題ではなく、究極のところ、株主が会社の資産をどの限度で把握できるかの問題であるから、必然的に清算を前提とせざるを得ず、したがって、仮に右方式によるとしても、会社の資産(総資産から負債を控除したもの)から相当な清算経費を差し引いた上、さらに清算所得に係る法人税等を控除した最終資産がその対象となるべきものであり、この金額を株式数で除した金額が当該株式の評価額とならなければならないものである。

6 類似会社、類似業種比準価額法の違法性について

(一) 類似会社、類似業種比準価額法は、上場会社の株式の取引相場を基準として、非上場会社である評価会社の株式を算出しようとするものであるが、取引相場は必ずしも当該株式の客観的交換価値のみによって形成されるものではなく、投機等の理由により異常に高騰する場合があるから、このように性格の異なるものを基準として非上場株式の価額を算出する方式は、どうしても超え難い欠陥を内包しているといわざるを得ない。

すなわち、上場株式の株価は、客観的な資産価値を反映するというよりも、専ら投機的要素によって形成されるというべきであるが、これが可能であるのは、株式に流通性があるためであり、したがって、流通性のない非上場株式の価額を算定するに当たり、投機的要素から形成される上場株式の株価(被告主張のA)を基礎とするのは、二重の誤りというべきである。

仮に右方式によって評価する場合には、その価額に合理性ないし妥当性が確保されるように厳密な配慮が必要であるというべきところ、後記のとおり、被告の主張する算定方式は、これらを十分に満たすことがないので違法である。

(二) 類似会社、類似業種比準価額法は、類似会社ないし標本会社と、評価会社の一株当たりの年間配当金額、年間利益金額及び純資産価額を対比し、これを比準することにより非上場株式の価額を算出する方式であるが、株価形成の要因は、右の三要素に限定されるものではなく、営業成績(当該会社の安定性、将来性、収益力、配当率等)及び流通価額等によっても影響を受けるものであるから、右三要素以外のものを斟酌しない方式は妥当性を欠く。

(三) のみならず、右株価形成の要素は、現実のものを反映すべきものであるところ、被告は、法人税の課税計算上の金額をもって利益金額、純資産価額の算出の基礎としているが、これは、次のとおり妥当ではないし、さらに、類似会社、標本会社における課税上の利益金額、純資産価額は一般に公表されず、被告のみが知り得る立場にあるから、かかる資料を基礎とすることは公正さを欠くというべきである。

(1) 利益金額について

利益は、原則として各社とも同じ性質のものであるが、負債性引当金の計上方法によって利益金額を増減させる可能性がある。

また、訴外会社においては、昭和四〇年一〇月一日から同四一年三月三一日までの事業年度における法人税について、名古屋中税務署長は、従来現金主義による会計の認められてきた値引補償金債権(未収補償金)を発生主義に基づいて更正決定をした。その結果、同年度における利益は、例年度なら次期以降に計上されるべき未収補償金三〇八〇万円を加えたものになっており、本件においても、国税不服審判所長は、原告の審査請求を容れて、類似業種比準価額法を適用するにつき、右未収補償を当該年度の利益から減算したが、このような利益の算出に関する基準の変更が他の類似会社、標本会社に存在しないことにつき、何らの担保がない。

次に、企業の収益力は、経常損益によって対比されるべきであって、特別損益や経費否認による利益の増加を加除したものであってはならない。すなわち、特別損益のうち、最も大きな問題は土地の売却益であり、経常損益では赤字の会社でも、たまたま当該年度において遊休土地を売却すると莫大な利益が出、公表決算では黒字となることがあるが、これを含めて企業の収益力を対比することは妥当でない。

また、医薬品卸売業界は競争の激しい業界であって、交際費、得意先へのリベート、景品などの支出が他の業界に比べて大きいところ、これらは企業会計上、「損益金」として観念されるにもかかわらず、法人税課税上は、経費性を否認される結果、「益金」とされることがあるから対比に相当でない。

例えば、昭和五六年一〇月一日から同五七年三月三一日までの事業年度において、訴外会社の企業会計上の純利益金額は、金四七二四万四三七八円であるが、法人税課税上の所得金額は、金二億八一〇〇万円に達しているのであって、その差のうち約金一億二〇〇〇万円は、役員報酬と交際費の損金不算入の結果である。右支出は、企業にとって止むを得ないものであるから、収益力の判定に当たっては、当然に支出されたものとして計算されなければ不当というべきである。

(2) 純資産価額について

被告は、純資産についても、経済上の金額ではなく、法人税確定申告書等に表示された企業会計上のそれを用いているが、両者が異なることは、土地価額を想起すれば明らかであり(法人税の確定申告書に基づく資産としての土地は、取得価額を基礎としている。)、かつ、右金額を算出するための評価方法は、各会社によって異なっているのが実情である(流動資産についての原価主義と低価主義、相場のある株式についての時価主義と取得価額主義、固定資産の減価償却に関する複数の方法、負債性引当金の計上基準、のれんの計上など)から、純資産が同じ濃度で算出されておらず、右方式は違法というべきである。

(四) 類似会社ないし標本会社の株式は、上場されているから、市場性、譲渡性があり、また、いつでも換金できるという意味で十分な換金性が認められるのに対し、評価会社の株式はこれらを欠いているので、評価に際してはその相違点が考慮されなければならない。ところで、通達(昭和四七年直資三-一六「相続税財産評価に関する基本通達の一部改正について」による改正後のもの。以下「改正基本通達」という。)の採用する類似業種比準価額法は、減価要素として〇・七を乗じており、右は安全性を考慮したものと推測されるが、右に述べた相違点にかんがみ、減価要素として安全性のみを配慮して乗ずべき数値を〇・七にとどめることは十分とは言い難く、さらに〇・七を乗じて、少なくとも五〇パーセント以上の減価をしなければ類似会社、類似業種比準価額法の欠陥を補うことはできないというべきである。

ところが、被告の主張する類似会社、類似業種比準価額法は、単に分子に一又は三を加え、分母を四又は六とする前記改正前の方式であって、安全性を考慮した減価すらされていない(かかる方式は、評価会社の内容が類似会社ないし標本会社より優れている場合は納税者に有利に作用するが、同等又は劣っている場合は不利になるという欠陥を内包するのであって、不動産の評価が原則として実勢価額より三〇パーセント減価されるのと比べ、著しく不公平である。)のみならず、何故にかかる数字を分子、分母に加えるのか、その根拠を合理的に説明することができない。

(五)(1) 類似会社、類似業種比準価額法が妥当性を持つ前提条件として、評価会社と類似会社ないし標本会社が厳密に類似性を有することが必要というべきであり、その判断要素として、利益率に大きく影響する企業規模(資本金、売上高)と、収支基盤、安定性、将来性等を規制する事業内容(取扱品種)の両者につき、類似性を具備することを要するというべきところ、訴外会社の企業規模及び事業内容は別表一四の一記載のとおりであり、被告の主張する類似会社及び標本会社のそれらは別表一四の二ないし四記載のとおりであって、これらを対比すると、次に述べるとおり、類似性の要件を充足しておらず、また、ある会社が標本会社に採用される年度とそうでない年度があるように、その選択が恣意的である。

(2) 被告が類似会社として稲畑産業一社のみを選定することは、それ自体不当であり、仮に一社のみを選定する場合には、評価会社との類似性が高度でなければならないところ、稲畑産業は、医薬品を取り扱うとはいうものの、その割合は、訴外会社が九七パーセントに達するのに対し、二五パーセント前後にとどまっている上、同社は住友化学系の医薬品製造会社の販売を一手に独占し、事実上製薬会社の販売部と評されるものであるから、その実質において製薬会社であり、医薬品卸売業の訴外会社(もっとも、総売上額に対し卸売の占める割合は、昭和四〇年度が約六七パーセント、同四一年度が四六・五パーセント、同四二年度が四四・五パーセント、同四三年度が四二・四パーセントと順次減少しているので、「卸売業」には疑問が残る。)と業種が異なるのみならず、その企業規模においても、訴外会社と比べて、資本金は約一三倍、年間利益は約六・九倍、純資産額は約五・二倍であって(昭和三八年度)、いずれの指数も五倍を超過しているので、類似性はない。

(3) 被告が標本会社として選定した一三社のうち、一一社は医薬品を取り扱わない化学製品卸売業を営み、稲畑産業は、前述のように実質において製薬会社であるから、訴外会社と同業種といえるのは、わずかに、医薬品の取扱割合四二パーセントの訴外イワキ株式会社(以下「イワキ」という。)に過ぎない。

そして、医薬品流通業界の、他の化学製品流通業界と比較しての特色は、

(イ) 強大な製薬会社と現代の権力者といわれる医師との間に挟まれた弱い立場にあること、

(ロ) 他の流通業界に見られないほど競争が激しく、割引等の価額競争を余儀なくされること、

(ハ) 流通業務のうち、医師との取引は形式上も実質上も小売りであり、卸売の実態を備えていないこと。しかも、医師、薬局の力が強いため、多品種の商品を取り扱い、かつ、少量販売(必ず配送を伴う。)を余儀なくされ、その結果、人件費その他の販売経費率が高く、利益を圧迫していること(ちなみに、卸売業平均の粗利益率一六・二パーセント、営業利益率三・三パーセントに対し、大規模医薬品卸売業のそれらは、一一・一パーセント、一・一パーセントに過ぎない。)、

(ニ) 販売競争が激しいため、流通業者が予め適正利益を確保することは困難であり、取引後メーカーから値引きしてもらったり(当時)、又はリベート名義の金員の支給を受けて(現在)、ようやく収支を合わせているのが現状であること、

(ホ) 商品回転率、人件費対粗利益率、支払勘定及び受取勘定の回転率、自己資本率について極めて劣ること、

(ヘ) 医薬品流通業界は、資本にとって魅力ある業界ではないので、大資本が算入することがなく、上場会社もイワキ一社に過ぎないこと、

以上のとおり、被告主張の標本会社は、イワキを除いては類似の事業内容であるとはいえない。

のみならず、事業規模においても、

(ト) 昭和三九年分においては、番号5(番号は別表七による。以下、同じ。)の稲畑産業が訴外会社と類似していないことは、同三八年度と同様であり、番号1、2は、資本金が訴外会社の約一〇倍である外、番号2は、年間取引高及び総資産額が共に約五倍であって、標本会社として不適格であること、

(チ) 昭和四〇年分においては、番号1、2、5、6、7、9及び10の七社が、資本金、年間利益額、総資産額の三要素において、訴外会社より卓越し、標本会社として不適格であること、

(リ) 昭和四一年分においては、番号1、5、6及び8の四社が、右三要素において、訴外会社より卓越し、標本会社として不適格であること、

(ヌ) 昭和四二年分においては、番号1及び4の二社が、右三要素において、訴外会社より卓越し、標本会社として不適格であること、

(ル) 昭和四三年分においては、番号1、2、4及び7の四社が、右三要素において、訴外会社より卓越し、標本会社として不適格である。

以上のとおり、被告の主張する標本会社は、事業規模においても類似性を欠く会社を多く含んでおり、これが利益率に大きく影響することにかんがみると、いわゆる「山一方式」や「株式公開算定基準」におけるような合理的な修正なくしてなされた被告主張の類似業種比準価額法は違法である。

(4) ちなみに、イワキは、医薬品とその原料の卸売を業とし、営業種目としては訴外会社とある程度類似する(もっとも、訴外会社が医薬品専門の卸売を業とするのと若干相違している上、資本金は訴外会社の約三倍である。)ので、これを標本会社とし、企業会計上の公表決算に基づいて本件株式を評価すると、別表一五記載のとおりとなる。

7 原告の主張する適正な評価方法について

(一) 取引実例法

非上場会社の株式を評価するについて、実際の取引において形成された価額が存すれば、それを基準とするのが妥当であるというべきところ、本件株式は、次のとおり、券面額である金五〇円ないし金六〇円で取引されてきたから、これをもって評価額とすべきものである。

(1) 訴外会社においては、昭和二五年以降約三〇年間にわたって、従業員が退職又は死亡した場合に、本人又は遺族の申出によって、その保有する本件株式を一株金五〇円ないし金六〇円で買い取る扱いをしてきたが、その間、所轄税務署から、右買取りが低額譲渡であると指摘されたことは一度もなかった。

なお、右買取りの時期は千差万別であって、退職又は死亡の事実の発生直後ないしこれに接近した時期に限られず、また、このような買取りも不特定多数の当事者間で成立した売買に含まれるというべきであるから、このような事例により成立した価額は、客観的交換価値を反映しているものであり、特殊な売買事例として無視すべきではない。

(2) 訴外会社においては、従業員間において本件株式の売買がなされ、さらに、訴外東栄株式会社(以下「東栄」という。)、同真シナ(以下「真シナ」という。)、同河村彦兵衛(以下「河村」という。)、同岩田利三郎(以下「岩田」という。)らに対し、本件株式が売り渡されたことがあったが、いずれの取引においても、その価額は一株当たり金五〇円ないし金六〇円と定められてきたところ、かかる取引においても、所轄税務署から、低額譲渡の指摘がなされたことはなかった。

(3) 訴外会社は、昭和三八年一〇月ころ、資本金を金三八〇〇万円から金四九七〇万円に増資したが、その際に発行された新株二三万四〇〇〇株のうち、一九万株は一対〇・二五の割合で従前の株主に割り当てられ、残余の四万四〇〇〇株については縁故募集の方法により従業員の中から引受希望者を募集したが、その価額は、一株金五〇円であったところ、その価額につき、部外株主や所轄税務署からのクレームは一切なかった。

(4) 訴外会社は、昭和四四年八月ころ、資本金を金五〇〇〇万円から金九〇〇〇万円に増資したのに伴い新株を八〇万株発行し、さらに同四七年七月ころ、資本金を金九〇〇〇万円から金一億二〇〇〇万円に増資したのに伴い新株を六〇万株発行して、従前の株主に割り当てた(前者においては一対〇・八、後者においては三対一の各割合)が、前者においては一三万九〇〇〇株(端株を除く。)、後者においても八万七二五一株の失権株を生じた。そこで、訴外会社は、右失権株を従業員等に一株金五〇円で割り当てたが、その際も、株主や所轄税務署からのクレームは一切なかった。

(5) 医薬品業界においては、メーカーが卸売会社の株式を取得して、自社製品の販売促進、卸売会社の育成、系列化を図っているが、その際の株式売買は、卸売会社の決算上の損益又は資産内容にかかわらず、券面額で行われるのが確立した慣習となっている。

(6) 日本新薬では、本件株式を一株金五〇円で取得し、かつ、原告らに売り渡したことを帳簿上明確に記載しているが、同社の経理内容について毎年入念な調査を繰り返す大阪国税局から、低額譲渡等を理由として何らかの更正処分を受けたことは一度もない。このことは、中外製薬についても、同様である。

(二) 配当還元法

株主にとって、その保有株式から受ける最大の経済的利益は配当であり、この利益は他の種々の権利を卓越しているので、過去数年の配当実績を基に元本価値を推定する方法は、最も合理的な評価方法というべきである。

その具体的算定方式は種々のものが考えられるが、国税当局の定めた基本通達一八四は、過去二年の平均配当を〇・一で除する方式を採用している(すなわち、配当額の一〇倍となる。)ところ、右方式は、過去の実績を反映する長所が認められる反面、将来の不安定な非上場会社の株式を評価するにつき、配当額の一〇倍という数字は高額に過ぎるというべきである。

また、配当還元法を採用するについても、一般株主の場合と本件のように支配株主の場合とでは差を設け、後者につき一定の加重をしなければならないとしても、次のような要因に基づき、適当な加重率を設定すべきである。

(1) 配当額に利益として留保した金額の大小

(2) 右金額が、近い将来において、支配株主の恣意により配当の形で株主に分与される可能性の大小(非上場会社においては、利益の留保は競争に生き残るための止むを得ない再投資であって、これが近い将来に株主に配当される可能性は少ない。)

(3) 支配株主が、役員賞与等の形式により社会通念上不当とされるような利益を得ているか否か(支配株主が、非常勤役員として、現実に何らの仕事に従事しないにもかかわらず高額の賞与を受領している場合、あるいは常勤してはいるものの、右労働の対価としては社会通念上不相当な賞与を受領している場合は、隠れた配当とみなされることがある。)。

そして、原告の場合、常勤社長であり、その労働の対価として相当な報酬を受けているのみであるから、加重率としては、二〇パーセント程度が限度である。

ちなみに、ある株主が当該会社の全株式を保有している場合、現実の配当の二倍の配当を受けているものと擬制し、支配株主については定数一に持株比率(本人、配偶者及び一親等の親族の持株をも合算する。)を加えた数字に現実の配当額を乗じた額をもって擬制された配当額とした場合、基本通達の定める利回率年一〇パーセントによる配当還元法を適用した結果得られた本件株式の評価額は、別表一六の(9)欄記載のとおりとなる。

(三) 類似会社、類似業種比準価額法の修正型

仮に類似会社、類似業種比準価額法を適用するとしても、前記の欠陥を補うために、次の修正が必要である。

(1) 被告主張のB、C、D、〈B〉、〈C〉、〈D〉は、実態を反映しない法人税申告の際のいわゆる擬制された非経済上の数字を流用することなく、企業会計上の数字によるべきこと。

(2) 流通性の欠如、事業規模の相違を考慮し、安全率として五〇パーセント以上の減価をすること。

ちなみに、減価率を五〇パーセントとして訴外会社の株式を評価した場合の価額は、別表一六の(6)記載のとおりである。

(3) 評価会社と標本会社との類似性の散漫から生じる弊害を減殺するため、評価会社と酷似する類似会社が得られる場合には類似会社比準価額法と併用し、それによって得られる株価と類似業種比準価額法による株価のいずれか低額の金額をもって当該株式の価額とすること。

六  原告の反論に対する認否

1  原告の反論1項(一)ないし(三)はいずれも否認ないし争う。

2  同2項は否認ないし争う。

3  同3項(一)、(二)はいずれも否認ないし争う。

4  同4項は否認ないし争う。

原告の取得した本件株式の時価は、法律の規定により客観的に確定し、その具体的算定方式は国税庁の通達で明らかにされているから、昭和五九年法律第五号による改正前の国税通則法六五条二項、六六条一項に規定する「正当な理由」に該当しない。

5(一)(1) 同5項(一)(1)のうち、訴外会社が基本通達一七八の区分上、「大会社」に該当すること、右通達によれば、大会社については類似業種比準価額法を適用してその株式の価額を評価することになっていること、以上の事実は認めるが、その余は否認ないし争う。

(2) 同5項(一)(2)のうち、訴外会社において、原告及びその一族の保有する株式の比率が七〇パーセント前後であることは認めるが、その余は否認ないし争う。

(二) 同5項(二)(1)ないし(4)はいずれも否認ないし争う。

6(一)  同6項(一)は否認ないし争う。

(二)  同6項(二)は否認ないし争う。

(三)(1) 同6項(三)(1)のうち、訴外会社において昭和四〇年一〇月一日から同四一年三月三一日までの事業年度における法人税につき、名古屋中税務署長は、従来現金主義による会計の行われてきた未収補償を発生主義に基づいて更正決定し、その結果、同年度における利益は、例年度なら次期以降に計上されるべき未収補償金三〇八〇万円余を加えたものになっていること、以上の事実は認めるが、その余は否認ないし争う。

(2) 同6項(三)(2)は否認ないし争う。

(四)  同6項(四)のうち、改正基本通達の採用する類似業種比準価額法は、減価要素として〇・七を乗じていること、被告の主張する類似会社、類似業種比準価額法は、分子に一又は三を加え、分母を四又は六とする方式であることは認めるが、その余は否認ないし争う。

(五)(1) 同6項(五)(1)は否認ないし争う。

(2) 同6項(五)(2)は否認ないし争う。

(3) 同6項(五)(3)は否認ないし争う。

(4) 同6項(五)(4)は否認する。

評価会社である訴外会社は六か月決算であり、イワキは一年決算であるところ、原告主張の別表一五は、右のように異なる期間の利益金額をそのまま用いて比準しているので、著しく低額の比準価額を導くという誤りを犯している。

7(一)  同7(一)のうち、本件株式が券面額で取引され、業界の慣習も同様であったこと、従業員の死亡又は退職の際にその保有する株式を一株金五〇円ないし金六〇円で譲り受ける慣習があったこと、以上の事実は知らない。その余は争う。

(二)  同7項(二)は争う。

(三)  同7項(三)は争う。

七  被告の再反論

1  原告の買戻権取得と贈与税の納税義務の時効消滅についての再反論

(一) 原告は、伊助らが本件株式を譲渡するに至った動機として、第一に、日本新薬等に、社内の地位が固るまでの間、原告の後見人的役割を期待した旨主張する(原告の反論1項(一))が、これにもっとも相応しい人物は伊助であり、また、伊助が日本新薬に本件株式一〇万株を譲渡した昭和三八年六月一日からわずか二か月後の同年八月一〇日から原告は買戻しを始めていることに照らしても、右主張の不当性は明らかである。

次に、第二の動機として、資金確保の必要性があった旨主張する(前同)が、伊助は、昭和四一年五月一二日、その所有に係る名古屋市中区栄所在の土地を訴外長大株式会社(以下「長大」という。)に金七二三五万二五〇〇円で売却して即日その代金を受領し、内金三〇〇〇万円を太道相互銀行(現中京相互銀行)大津橋支店へ定期預金として、内金一五〇〇万円を東海銀行茶屋町支店へ定期預金として各積立てるなど、仲介手数料を除く代金全額を定期預金ないし貸付信託とし、税負担分を控除しても少なくとも金四〇〇〇万円の余裕資金を取得しているから、同年一二月二二日に、日本新薬に本件株式八万二〇〇〇株を譲渡し、その代金四一〇万円を得る必要性がなかったことは明らかである。

なお、原告は、被告の右再反論を時機に遅れた攻撃防御方法である旨主張する(被告の再反論に対する認否1項(一))が、右再反論は、資金確保の必要性を初めて原告が主張した昭和五五年四月一八日付準備書面を契機に、四回にわたって行われた原、被告間の主張、反論に即してなされたものであるから、時機に遅れた新たな攻撃防御方法に該当せず、また、被告に故意又は重過失が存しないばかりか、そもそも原告の主張に対する積極否認にすぎないから、却下されるべきものではない。

(二) 原告は、日本新薬等と伊助らとの間の第三者のためにする契約において、原告が受益の意思表示をした時点で、本件株式の買戻権を原始的に取得したと主張する(原告の反論1項(二)、(三))が、買戻権は、その性質上、譲渡者について発生する権利であり(民法五七九条参照。)、譲渡者以外の第三者が右権利を原始的に取得することはあり得ず、現に原告の外、幼児、主婦を含む伊助の親族八名が、別表一七記載のとおり、日本新薬等から本件株式を買い戻しているが、これは伊助らから買戻権の贈与を受けてこれを行使した結果というべきであり、したがって、買戻権を前提とする限り、原告は、右譲渡契約とは別個の伊助らとの契約関係、すなわち、贈与によってこれを取得したものである。

そして、その場合における納税義務の成立時期は、前記(被告の主張4項(二)、5項(二)、(三))のとおりであり、本件処分は、課税徴収権の時効消滅後、ないし更正、決定等の制限期間経過後になされたものではない。

2  原告の一時所得の主張についての再反論

原告は、原告が何らかの経済的利益を得たとしても、右利益は日本新薬等からの贈与によるものであるとして、一時所得による納税義務を生じるに過ぎないと主張する(原告の反論2項)が、日本新薬等は、伊助らとの買戻約定に基づき、券面額で取得した本件株式を同額で原告に譲渡したに過ぎないから、相続税法七条に規定する著しく低い価額の対価で財産の譲渡をしたものに該当せず、あくまで伊助らからのみなす贈与と認めるべきものである。

3  純資産法の違法性についての再反論

(一) 被告が主位的に主張する純資産法は、訴外会社のように大会社に区分される非上場会社の株式を評価する方法として基本通達一七八が定めるものと異なっていることは原告指摘のとおりであるが、もともと通達は税務官署内部における一般的な取扱指針に過ぎず法的拘束力を有するものではないから、これに示す方法よりも合理的な方法があればそれを採用することに何らの支障もないというべきところ、訴外会社に純資産法を適用することの合理性は、前記(被告の主張8項(一)、(二))のとおりである。

(二) 原告は、純資産法は企業の解体を前提とするものであって不当である旨主張する(原告の反論5項(二)(1))が、純資産法は、評価会社が清算中である場合に清算の結果分配を受ける見込みの金額を基礎として評価する(基本通達一八七)のとは異なり、評価会社が超過収益力を有する場合には、これを営業権として評価することからも明らかなように、企業活動が継続することを前提として各資産を評価し、それを基礎として株式を評価する方法であるから、原告の右主張は失当である。

特に、本件において被告は、訴外会社の所有する各資産につき、帳簿価額を基礎として評価しているから、その額は、訴外会社の過去における企業活動の結果蓄積された一株当たりの剰余金と払込資本金の合計額を意味し、それまでに貯えられた含み資産等は反映していないのであるから、被告の主張する方式は、むしろ企業継続を前提とする立場に相当するというべきである。

(三) 原告は、純資産法に用いられる法人税確定申告書等に表示される数値は、財産の現実の時価を反映するものではない旨主張する(原告の反論5項(二)(2))が、税法は、それぞれの資産の性質に応じて妥当な評価の方法を定めているところであり、例えば、流動資産である棚卸資産につき、時価が原価を下回る場合における時価による評価の特例(昭和四〇年法律第三四号による改正後の法人税法二九条一項、同年政令第九七号による改正後の同法施行令二八条一項二号)、有価証券、売掛債権等の一定の場合における評価減、原価の特例(同法三〇条、同法施行令三四条一項一号ロ)などの措置が認められ、また、固定資産についても一定の方法による減価償却費を控除した後の価額を基礎として訴外会社の株式の評価が行われているのであって、本件のように帳簿価額を基礎として純資産法を適用しても、当該帳簿価額において時価が原価を下回る資産については、時価を基準とするなど、資産の評価益に課税しない法人税法二五条の趣旨に従い、安全性を十分に考慮した価額を基礎としているから、その評価結果が時価を基礎とする評価額を上回ることはあり得ない。

(四) さらに、原告は、純資産法は評価会社の所有する資産のみに依拠し、収益力その他の諸要因を考慮しない旨主張する(原告の反論5項(二)(3))ところ、右諸要因とは、つまるところ、営業権(のれん)の構成要素と解されるのであるが、仮にこれらが財産的価値を有し、その評価額を資産として計上すべきであったとしても、その場合には被告の主張する評価額を上回ることが明らかであり、原告の右主張は、意味を持たないというべきである。

4  類似会社、類似業種比準価額法の違法性についての再反論

(一) 原告は、被告主張の類似会社、類似業種比準価額法は、法人税の課税計算上の金額に基づいていることを非難する(原告の反論6項(三))が、公表されている貸借対照表、損益計算書は、企業会計原則に従っているとはいえ、ある程度の作為が入り込む余地があり、かつ、それは各企業によって差があるから、個々の恣意性を排除し、統一のとれた数値を用いるためには、課税上把握している数値によるのがより合理的というべきであり、このように同一の基準により算定された数値を基に比準することにより、適正な比準価額を求めることができるのである。

なお、国税庁は、日本標準産業分類による各業種ごとに、各月別の株価(前記A)、一株当たりの配当金額(同B)、同年間利益金額(同C)及び同純資産価額(同D)の各平均値を算出し、一般にも公表しているから、公正さを欠くことはない。

また、個別の項目でも、次のとおり、原告の右主張は理由がない。

(1) 利益金額について

原告は、まず、訴外会社は昭和四〇年一〇月一日から同四一年三月三一日までの事業年度において未収補償金算出基準が現金主義から発生主義へ変更された結果、当該年度の法人税の課税計算上の利益金額は重複して計算されており、このような基準の変更は他の類似会社、標本会社にもあり得る旨主張する(原告の反論6項(三)(1))が、発生主義による費用、収益の認識は、ひとり税務計算上だけの基準ではなく、一般の企業会計においても採用されているところであり(企業会計原則第二の一のA)、他の類似会社、標本会社でも、これによる会計処理が行われていたものであることは明らかであるから、原告の右主張は理由がない。

次に、原告は、企業の収益力は経常損益によって対比すべきであり、土地の売却益等の特別損益を加除すべきではない旨主張する(前同)。しかし、特別損益に係る売却土地は、棚卸し資産としての土地ではなく、固定資産のそれであるから、継続企業にあっては、その譲渡回数及び金額は少ないのが通常であり、しかも、特別損益の額が経常損益の額に比して異常に高額な会社は、異常数値として標本会社から排除されること、土地譲渡益の発生は、含み資産の減少を招くから当然に株価の低下を招来し、利益金額が増加しても株価の低下により自動的に調整され得ること、特別損益について原告に不利に作用するのは、訴外会社の利益金額に多額な特別利益が含まれている場合であるが、本件課税時期においては、いずれも固定資産売却損が固定資産売却益を上回っているから、これらを加えて計算した結果、原告に有利に作用していることが明らかであり、原告の右主張は理由がない。

また、交際費等については、経費否認の結果、企業会計上は損金であるにもかかわらず、課税上は益金とされることがあるが、右操作は訴外会社のみではなく、すべての法人について等しく適用されるものであるから法人税法を適用して計算される利益金額を基礎とする類似会社、類似業種比準価額法は、会計処理の恣意性を排し、同一基準に基づく数値により比準するものとして合理的というべきである。もちろん、企業の営む事業内容等により、各企業の支出交際費等に多少の差異が生ずるのは否定できないが、業種の類似する企業については、その支出水準は類似するから、訴外会社に類似する会社、業種に比準する被告の方式のもとにおいては、課税上の利益金額を基礎とすることは合理的である。

(2) 純資産価額について

原告は、法人税の確定申告書に基づく資産は、取得価額を基礎としているから、真実の資産と乖離し、また、その評価方法も多様であるから、これを基礎とする純資産の対比は相当でない旨主張する。

しかし、時価と帳簿価額との差額及び資産の評価方法の相違が本件株式の評価にいかなる影響を及ぼすかにつき、原告の主張は具体的に明らかにされていないばかりか、仮に訴外会社につき帳簿価額には現れない含み資産を考慮するとしたならば、類似会社、標本会社についてもこれを計上しなければ比較の妥当性を欠くというべきところ、右作業は事実上困難であること、また、上場会社の株式の価額には、当然その会社の含み資産の大小が何らかの形で加味されており、上場会社も評価会社もそれぞれに含み資産を有するならば、それはそれなりに収益力に反映し、ひいては配当金額にも反映されるので、含み資産の構成が評価会社と類似会社、標本会社との間に多少の差異があるとしても、それは一株当たりの純資産価額のみでなく一株当たりの利益金額及び配当金額を対比するという類似会社、類似業種比準価額法の仕組みにおいて、右差異は吸収、緩和される理論的必然性を有するものであるから、被告主張の方式が合理性を欠くことはない。

(二) 被告主張の方式は、分子に一又は三の常数を加え、分母を四又は六とするものであるところ、右方式による算出結果は、常数を加えないで三要素のみを比較して算出した結果に比べ、別表一八記載のとおり、最高で三四パーセント、平均で二三パーセントの減価を示している(すなわち、右方式は、評価会社の内容が類似会社、類似業種に比べて悪い場合は、実体以上に株価は高くなることがあるが、訴外会社の内容が優れていることは、同表の記載から明らかであり、原告に有利に作用することはあっても、不利に作用することはない。)から、右方式は、流通性の劣ることあるいは評価の安全性を十分に考慮しているというべく(ちなみに、改正基本通達は、右方式を簡易直截なものに変更したに過ぎない。)、これらを欠くとして五〇パーセント以上の減価を求める原告の主張(原告の反論6項(四))は理由がない。

(三) 卸売とは、個人的消費、使用、又はその家族、友人の消費、使用を目的とした個人的購買者ではなく、利潤を求めて再販売し、あるいは業務上の必要のために購入する産業的消費者を対象とする販売であるところ、その営業の特徴としては、

(1) 一般の最終消費者には開放されていないこと、

(2) 店頭販売とは限らず、外交販売、電話受注などによって販売されることもあること、

(3) 価格については、業者割引、数量割引など各種の割引政策やリベート政策が用いられることが多いこと、

(4) 数か月にわたる信用販売が行われることがあること、などが指摘できるのであって、メーカーと小売業の中間に位置し、集荷分散の機能を果たすという卸売業にあっては、物流にしても販売活動にしても、実に細かい手作業によっているのが通常である。

したがって、人件費の圧迫は、卸売業共通の課題であり、値引きやリベートのごときも流通業界一般に行われている現象であって、ひとり医薬品流通業界のみの特殊事例ではなく、また、訴外会社の売上のほとんどは、病院、医家、薬局等に対するもので、これらは業務上の必要のために医薬品を購入するのであるから、訴外会社の販売形態が卸売に該当することは明らかであり、結局、被告が訴外会社の類似業種として化学製品卸売業を選定したのは、十分な合理性を有するというべきである。

他方、会社の企業規模は、株価形成の上で必ずしも恒常的要因として作用するものとはいえず、むしろ、一般には資本金の巨大な大型株に比較して小型株のほうが高値の傾向にあるから、この点を斟酌しないからといって、被告主張の方式が不合理であるとはいえない(なお、原告が例示する株式公開価格の算定は、公開株式を取得した株主が万が一にも公開後の市況価格に比して損失を被ることがないように慎重かつ安全性を最大限に見込んで算定されているので、適正公平な課税の実現を目的とする株式の評価方式とは、自ずから目的を異にし、現に株式公開後の実情は、公開価格は公開後の実勢価格の六〇パーセント強にとどまっている。)。

そして、被告が類似会社、標本会社として選定した各会社の事業内容及び企業規模は、別表一九の一ないし三記載のとおりであり、右に述べた観点からすると、訴外会社との類似性を十分に肯定することができる。

ちなみに、原告が訴外会社との類似性を認めているイワキの法人税確定申告に係る数値を基に一株当たりの純資産価額及び利益金額を計算すると、別表二〇記載のとおりとなり、これを基に比準価額法を適用して本件株式を評価した結果は、別表二一記載のとおりとなって、本件処分の対象となったいずれの課税時期においても、別表九記載の評価額を上回っている。

5  原告主張の適正な評価方法に対する反論

(一) 相続税法二二条にいう時価、すなわち、客観的交換価値とは課税時期においてそれぞれの財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額をいうところ、訴外会社の死亡ないし退職従業員や取引先との取引価額は、特殊な事情の下で成立したものであって、到底、訴外会社の株式の客観的交換価値を適正に反映した売買事例と認めることはできない。

すなわち、東栄は、東海銀行の傍系会社として設立されたものであり、訴外会社は右銀行を主力取引銀行としてきたばかりか、その出身者を取締役として受け入れてきた(例えば、訴外高田静一(以下「高田」という。))のであって、このような特殊な関係から、訴外会社は、昭和三八年一〇月の増資に伴う二三万四〇〇〇株の新株発行の際、縁故募集分の四万四〇〇〇株のうち、二万株を東栄に割り当てたものである。

次に、真シナは、昭和三七年初めまで静岡県清水市内で医薬品の卸及び小売を業としていた訴外株式会社真長兵衛商店の関係者であるところ、同商店は、昭和三七年二月ころ、小売部門を分離した後、同三八年一〇月一日、訴外会社に吸収合併されたものであり、その際、同商店の株主には訴外会社から六〇〇〇株が交付され、真シナは、その内の九〇〇株を取得したものであるが、右株式は、合併交付株式であり、その比率は、合併する両会社の株式の価値を比較考量して決せられるのであって、券面額が正当な売買価額として決定されたものではない。

さらに、河村は、薬種商として一七代を数える同業者であって、訴外会社とは旧知の間柄であり、岩田も、訴外会社の退職従業員であるから、これらの者との取引が実在したとしても、それらは特殊関係者間の取引であって、適正な時価とはいい難い。

また、訴外会社が、昭和四四年八月に増資をした際、大量の失権株が生じたのは、訴外会社において従業員に本件株式を保有させる目的で一三万株を目標に増資引受辞退を株主に要請した結果であることが明らかであり、同四七年七月の増資の際の同様の辞退も、同じ理由によるものと思われる。

最後に、医薬品メーカーが本件株式を取得する際に、券面額によっているとしても、訴外会社のような卸売会社との関係を緊密にし、自社製品の販売促進又は卸売会社の育成、系列化を図る手段として、その株式を取得するがごとき特殊な事情を背景とする売買における代金額も、客観的交換価値を反映しているということはできない。

なお、原告は、被告の右再反論を時機に遅れた攻撃防御方法である旨主張する(被告の再反論に対する認否5項(一))が、右再反論は、取引事例に関し、原告が具体的な主張をした昭和五五年四月一八日付準備書面に対してなしたものであるから、時機に遅れたものではなく、訴訟の完結を遅延させるものでもないし、そもそも新たな攻撃防御方法ではなく、原告の主張に対する積極否認に過ぎないから、却下されるべきものでない。

(二) 配当還元法は、配当及び報酬という現実的、経済的利益を基礎に評価を行うものであるが、訴外会社のように、原告及びその一族がほぼ完全に経営支配権を掌握している個人的経営形態の色彩の濃い会社では、その本質において持分的経営参加性が極めて強く、会社の資産と密接に結びついているから、資産価値を斟酌しない右方式は合理的とはいえない。

また、訴外会社のように特定株主が発行済株式総数の五〇パーセント超を保有する同族会社では、配当及び報酬の額が特定株主の恣意に委ねられ、課税回避のため低く抑えられる一般的傾向があるので、これらのみを評価の基礎とするのは合理的ではない。すなわち、配当還元法は、本来、小株主及び零細株主の保有する株式について限定的に適用される評価方法に過ぎない。

なお、原告の主張する配当還元法は、その具体的算出方法につき合理的な根拠がなく、訴外会社の株式の評価方法として、到底、採用できるものではない。

(三) 相続税及び贈与税の課税価格の計算上、資産の価額は、特段の定めのある場合を除き、時価とされており、不動産の評価においてもそうであるから、原告が、類似会社、類似業種比準価額法の修正型として、五〇パーセントの減価を主張するのは、何ら根拠がないものである。

八  被告の再反論に対する認否

1(一)被告の再反論1項(一)の事実は否認する。

なお、被告の右主張は、原告が、伊助らが日本新薬等に本件株式を譲渡した動機の一つとして、私生活上の資金需要があったことを昭和五五年四月一八日付準備書面で主張してから一年以上経過した後に提出されているから、時機に遅れた攻撃防御方法であり、右遅延は被告の故意又は重過失に基づくものであって、明らかに訴訟の完結を遅延させるものであるから、却下されるべきものである。

(二)  同1項(二)のうち、幼児、主婦を含む伊助の親族八名が、別表一七記載のとおり、日本新薬から本件株式を買い戻していることは認めるが、その余は否認ないし争う。

2  同2項は否認ないし争う。

3  同3項(一)ないし(四)はいずれも否認ないし争う。

4(一)  同4項(一)のうち、国税庁が日本標準産業分類による各業種ごとに前記A、B、C、Dの各平均値を算出し、一般にも公表していることは知らない。その余は否認ないし争う。

(二)  同4項(二)は否認ないし争う。

(三)  同4項(三)は否認ないし争う。

5(一)  同5項(一)は否認ないし争う。

なお、被告の右主張は、原告が訴状において、本件株式が一株金五〇円ないし金六〇円で取引されるなど、常に券面額で売買がなされていることを主張してから一〇年以上経過してからなされたものであり、時機に遅れて提出されたことは明らかであって、右遅延は被告の故意又は重過失に基づくものであり、かつ、訴訟の完結を遅延させるものであるから却下されるべきである。

(二) 同5項(二)は否認ないし争う。

(三) 同5項(三)は否認ないし争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一  被告による本件処分の存在及びこれに至る経緯について

請求原因1項の事実は当事者間に争いがない。

二  原告の納税義務の成立について

1  被告の主張1項(当事者)、同2項(一)(1)(伊助らから中外製薬に対する本件株式の譲渡)、同2項(二)(1)、(2)(原告による本件株式の取得)の各事実、同3項(伊助らの株式譲渡の目的)のうち、日本新薬等と訴外会社が取引関係にあり、伊助が森下社長及び上野社長と懇意な間柄にあったこと、以上の事実は、当事者間に争いがない。

また、原告は、訴状及び昭和四六年一二月一四日付準備書面において、伊助が日本新薬に対し、被告の主張2項(一)(2)記載のとおり、その保有する本件株式を「譲り渡し」又は「譲渡し」たことを認めているところ、被告の右主張は、本件処分の適法性(贈与税の納税義務の成立)を基礎づける要件事実の一部を構成することは明らかであるから、原告が後の同五五年四月一八日付準備書面において、右と異なった時点で株式の「引渡し」が行われたものであると主張することは自白の撤回に該当すると解すべきである(原告は、当初の認否は、対抗要件を具備した名義変更の日付の趣旨で行ったものである旨主張するが、権利変動と対抗要件具備とが異なることは、専門的知識を有する弁護士として当然熟知しているものと推認されるから、当初の認否にかかる留保が付されていない以上、右主張は採用することができない。)。そして、右自白が錯誤によるものであり、かつ、事実に反することを認めるに足りる証拠はない(かえって、次に認定するとおりの事実が認められる。)ので、右自白の撤回は許されず、前記事実も当事者間に争いがないものとして扱うべきものである。

2  右当事者間に争いのない各事実に、〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められ、〈証拠〉中、これに反する部分は、いずれも前掲各証拠に照らし、にわかに措信できない。

(一)  訴外会社は、大正時代に設立された合名会社中北商店が前身であり、昭和二五年、その医薬品卸売部門を切り離して中北薬品株式会社として発足したものである。

原告(旧名慎一)は、訴外会社の代表取締役社長をしていた伊助の長男であり、早大大学院商学研究科に在籍していた同三〇年六月に訴外会社の監査役となったのを始めとして、同三三年六月に取締役、同四〇年二月に常務取締役に各就任し、伊助が死亡した同四六年七月からは、代表取締役社長の地位に就いている。

(二)  伊助は、昭和三四年ころ、身体の調子を崩して国立病院へ入院し、副院長から健康状態の説明をうけたころから、訴外会社の経営者の地位を譲ることを考慮していたが、昭和三五年ころ、原告に対して伊助の保有する本件株式を券面額で千株位づつ数回にわたって売却したところ、右売買は低額譲渡に該当するとして、原告が所轄税務署の係官から贈与税の申告をするように勧告され、原告は、止むなく指示どおり納税措置をとったものの、贈与税の納税義務が生ずるとの係官の説明に対して納得せず、以後、税務署の右見解に対し強い不満を抱くこととなった。

(三)  伊助及び原告は、右経験から、親子間で株式を直接売買する場合には、贈与税の課税対象とされ得ることを知り、これを避ける目的で、本件株式を取引先である製薬メーカーを中間に介在させて移転する方法を考えつき、それを実行するため、伊助は、昭和三七年ころ、まず中外製薬の上野社長と面談し、伊助らの保有する本件株式の相当数を券面額で中外製薬に引き取ってもらいたいこと、将来の増資分も含めて、伊助や原告らから買戻しの申出がなされた場合には券面額でこれに応ずること、などを依頼し、その承諾を得て、同年二月一日、伊助らの本件株式一万株を中外製薬に譲渡した。

次いで、伊助は、同三八年春ころ、日本新薬を訪れ、森下社長に右と同様の申入れをし、これを承諾した同社長は、担当の宮本常務に細部の取決めを指示したので、同常務は、同年四月二〇日、訴外会社の本社の所在地である名古屋市へ赴き、案内された料亭「御納屋」で伊助及び原告と面談したところ、同人らから、特に理由を示すことなく、日本新薬が伊助らの保有する本件株式をとりあえず一〇万株引き取ること、その代金は、券面額である一株金五〇円とすること、特に期限を決めないが将来において伊助や原告らから買戻しの要求があった場合、日本新薬は、増資分も含めて券面額で売り戻すこと、などの条件で本件株式の買取りを求められたので、右申出を了承し、書面の作成をしないまま、右買取りはできるだけ早く実行することを約した。

そして、日本新薬に戻った宮本常務は、経理部長の訴外藤野誠一(以下「藤野部長」という。)と会計課長に右一〇万株の買取りについて指示しておいたところ、後日、伊助からの株券引渡しと日本新薬からの代金の送金が各実行され、同年六月一日、その株式の名義変更がなされた。

伊助は、その後、昭和四一年ころ、再び右と同一条件で伊助らの保有する本件株式の引取りを日本新薬の名古屋支店を通じて申し込み、これを了承した同社との間で、同年八月一一日、歌子の株式一万八〇〇〇株、同年一二月二二日、伊助の株式八万二〇〇〇株の買戻約定付売買が行われた。

(四)  原告は、伊助から日本新薬へ最初の一〇万株の株式が譲渡されて間もなく、伊助に対して本件株式の譲渡を受けたい旨伊助へ申し出たところ、同人から日本新薬等から本件株式を買い戻すように指示されたので、その了承を得て、昭和三九年三月一八日ころ、日本新薬名古屋営業所(その後、支店へ昇格した。)を通じて一万六〇〇〇株の買戻しを券面額で行ったのを始めとして、同四三年八月三日までに、被告の主張2項(二)(1)、(2)記載のとおり、日本新薬から八回にわたり一七万八〇〇〇株、中外製薬から二万株、合計一九万八〇〇〇株の株式買戻しを行い(右事実は当事者間に争いがない。)、その結果、同四二年三月以降は、それまで本件株式の保有数で首位であった伊助を追い越して筆頭株主の地位を固めた。

(五)  原告の弟である高試、妹である富子、佐喜子及び敬子らの親族は、かねてから伊助らに対し、本件株式を保有することを希望していたところ、昭和四〇年頃、伊助らから右了承を得た。そして、伊助らの委託を受けて連絡してきた原告の指示に従って、高試らは券面額による代金を日本新薬宛に振込送金するなどしたところ、同社は右買戻申込人が中北一族であることから何ら異議なく本件株式の買戻しに応ずることとし、同年三月ころから別表三に示すとおり(同表記載の株式保有状況は当事者間に争いがない。)、数千株単位の本件株式が右親族らに譲渡されたが、その買受人中には、幼児である原告の長男及び長女も含まれていた。

3  右認定事実によると、伊助らは、日本新薬等に対し、将来、任意の時点において券面額で買い戻す旨の約定を付した上、本件株式を券面額で譲渡したことが明らかである(右譲渡につき法律上は何らの条件、制約も付されていない旨の原告の主張(被告の主張に対する認否4項(一))は、右認定事実に反するばかりか、買戻権の発生を前提とする原告の他の主張(原告の反論1項(二)、(三))とも矛盾するものであり、到底、採用することができない。)。

そして、本件株式の買戻約定付譲渡は、伊助が訴外会社の経営者の地位を委譲することを考慮したことが契機となったものであり、かつ、右譲渡に先き立って行われた伊助と原告間の譲渡が、贈与税の納税義務を生じさせると税務署係官から指摘されたことに対し、原告は強い不満を抱いたことなどの前記認定事実に照らすと、もっぱら租税(贈与税ないし相続税)の賦課の回避を目的としていたことが明らかというべきである。

この点につき、原告は、伊助らが本件株式を日本新薬等に譲渡したのは、原告の後見人の役割を期待したためであり、また、多額の出費を要する出来事が重なり、訴外会社などから金員の借入をしていたところ、これを返済する必要を生じたためである旨主張する(原告の反論1項(一))。

しかしながら、日本新薬等に原告の後見人の役割を期待したとの点については、これを認めるに足りる証拠がない(証人宮本司も、御納屋会談において、かかる依頼を受けたことを証言していない。)ばかりか、そもそも原告の後見人の役割を期待するために何故に合計二一万株もの多数の株式(ちなみに、訴外会社における昭和三八年度における本件株式の発行済株式総数は七六万株、同三九年度以降のそれは一〇〇万株である。)を買戻約定付で日本新薬等に譲渡しなければならないのか理解することができないし、仮に原告主張のとおりであるとすると、原告が、右譲渡後、程なくして買戻しを初めていることの説明がつかないというべきである。

また、伊助が訴外会社から金員の借入をしていたところ、これを返済する必要を生じたとの主張についても、これを認めるに足りる証拠がない上、前記認定事実のとおり、伊助らがその保有する本件株式を三回にわたって日本新薬に譲渡している時期と原告が日本新薬から本件株式を買い戻している時期とはかなり重なっていること(すなわち、本当に伊助らが返済資金を工面する必要があったのであれば、何も第三者である日本新薬等に本件株式を譲渡する必要はなく、長男たる原告に対して適正な値段で本件株式を売却したり、原告から資金を借り入れるなどすれば足りると思われるところ、わぎわざ同一時期に第三者を介在させて本件株式を移転しているという事実は、原告主張の右目的の存在に疑問を投げかけるものというほかない。)に加え、〈証拠〉によると、被告の再反論1項(一)のとおり、伊助は、昭和四一年五月一二日にその所有土地を売却して、相当多額の代金を得ている事実が認められること(なお、原告は、被告の再反論1項(一)の主張は時機に遅れた攻撃防御方法であって許されない旨主張するが、被告の右主張は、原告の譲渡目的の主張に対する理由付反論であるところ、原告の右主張を争う態度自体は当初から被告において明らかにしていたものであり、その立証についても、前掲乙号各証の提出によって即座になし得たものであるから、訴訟の完結を遅延させるものということはできず、原告の右主張は採用することができない。)に照らすと、到底採用の限りでない。

以上の事実認定を前提とすると、次に本件株式の買戻権の所在が問題となるので検討するに、前記認定のとおり、日本新薬等に対する本件株式の譲渡は、訴外会社の経営者の地位の委譲を考慮した伊助らの意思に基づくものであるから、右株式買戻権も、もっぱら伊助の第一の後継者と考えられていた原告によって行使されることが予定されていたと推測することは困難ではない。しかしながら、譲渡者である伊助は買戻権の行使を原告に限定せず、同人自身もその行使を予定していたこと(伊助に対する質問応答書である前掲乙第一号証には、「四、五年したらなんとかなるから私か息子の名前にしてもらうからたのみますと日本新薬(株)にお願いしてあった。」との記載がある。)、原告が買戻権を実行する前に伊助に対して了承を求めていること(右乙第一号証には、「……日本新薬(株)に買ってもらい、智久が株をほしいと云ってきたので日本新薬(株)より買わせた。」との記載がある。)、原告以外の親族においても、伊助らの了承を得て買戻権を行使している(前掲乙第一号証には、原告は「とりまとめ」をしたに過ぎない旨の記載がある。)ところ、その詳細について原告は認識していないこと(前掲乙第二号証には、原告は、同人の妻、長男及び長女の株式取得は認識しているものの、妹らの株式取得は、伊助でないとわからない旨の記載がある。)、買戻権の行使を受けた日本新薬の宮本常務も、内心はともかくとして、売戻しの相手方を原告に限定することなく「中北薬品」と認識し、現に原告以外の親族に対しても、日本新薬は異議なく買戻しに応じていること、などの事実を総合すると、本件株式の買戻権は、譲渡者である伊助らに帰属したものであると認定するのが相当であり、これを覆すに足りる証拠はない。

そうすると、伊助と上野社長との面談ないし御納屋会談において原告に買戻権を取得させる旨の第三者のためにする契約が締結され、程なくして又は即座に、原告が受益の意思表示をしたことにより、右買戻権を直接取得したとの原告の主張(原告の反論1項(二)、(三))は、採用の余地のないものというべきであり、したがって、原告が日本新薬等から本件株式を取得し得たのは、伊助らから本件株式の買戻権の贈与を受け、これを行使したことによるものと解するのが相当である。

ところで、原告は、被告の右贈与の主張は、そのなされた日時、場所、態様及び債権譲渡の通知方法が十分特定されておらず、主張自体失当である旨主張する(被告の主張に対する認否4項(二))。しかしながら、民事訴訟において、当事者はいかなる要素をもっていかなる程度に事実を特定すべきかの問題は、教条的に解すべきものではなく、訴訟の内容、経緯に照らし、審理の対象を明らかにし、相手方当事者の防御権を侵害する恐れがない限り、ある程度包括的な特定も許されると解される(いわゆる「白山丸事件」に関する最高裁昭和三四年(あ)第一六七八号・同三七年一一月二八日大法廷判決刑集一六巻一一号一六三三頁参照。)ところ、本件においては、日時以外の要素をもって事実を特定する実益は何ら認められず(債権譲渡の通知は、そもそも債務者その他の第三者に対する対抗要件に過ぎないのであるから、日本新薬等との間で争いが生じているのであれば格別、そうでない本件においては要件事実を構成しないから、この点に関する特定は何ら意味がない。)、日時についても、それが国税徴収権の時効による消滅等の主張(原告の反論3項)と関連する限りにおいて右問題を論ずる実益があると解されるから、株式買戻権の贈与の時期を、その法定納期限が本件処分のなされた昭和四四年六月一〇日から五年前以降であることの明らかな、原告が日本新薬等から本件株式を買い戻した時点と時間的、観念的に近接する「その都度」又は「その直前」として主張を特定することにより、審理の対象は十分に明らかにされたというべきであり、かつ、国税徴収権が消滅した等の原告の右主張に対して、本件処分がその消滅以前になされた(ただし、本件処分時において国税徴収権が消滅したことが明らかな昭和三八年八月一〇日の第一回目の買戻しは、本件処分の対象となっていないことは前記のとおりである。)ことを明確に主張し、被告の立場を明らかにしたものといい得るから、主張として具体的な特定に欠けることはないというべきであって、被告の主張はそれ自体失当である旨の原告の反論は採用することができない。

そして、本件全証拠によるも、本件株式の買戻権の贈与の日時について具体的に特定するまでには至らないが、前記のとおり、右買戻権は伊助に帰属していたものと認められるところ、原告が日本新薬等から本件株式を買い戻すに当たり、伊助に「株がほしい。」と依頼し、その承諾を得て右買戻権を行使していることにかんがみると、右承諾の時点で贈与の意思表示がなされたとみるのが自然であるから、原告による第一回目の本件株式の買戻しの際には伊助から明示的な贈与の意思表示を受けたものであり(なお、第一回目の買戻しの際に伊助らの保有する買戻権全部が贈与されたものでないことは、その後も原告以外の親族らが伊助らから買戻権の贈与を受けてこれを行使していることから明らかというべきである。)、第二回目以降の買戻しの際にも、毎回、伊助らの明示的な承諾を得たとまでは認めることはできないとしても、少なくともその行使の直前に黙示的な承諾を受け、又は直後に同人の事後承諾を得ていると推認するのが相当であって、これを覆すに足りる証拠はない。

以上の判断によれば、被告の主張4項のとおり、原告は、日本新薬等から本件株式の買戻しを受ける都度(すなわち、買戻権を行使して本件株式の譲渡を受けた時点と時間的に近接した時点で)、伊助らから本件株式の買戻権の贈与を受けたと認められるのであって、後記のとおり、本件株式の時価と券面額との間に差額が認められる以上、右買戻権は、その差額に相当する財産的価値を化体していたものというべきであるから、国税通則法一五条二項五号により、原告には、日本新薬等から本件株式を買い戻した都度、そのころに贈与税の納税義務が成立し、かつ、翌年三月一五日がその法定納期限となる(相続税法二八条一項)から、第一回目を除くその余の買戻しの際になされた買戻権の贈与を対象とする本件処分は、いずれも国税徴収法七二条一項の定める五年の時効期間内になされたものであることが明らかであり、本件処分が時効による国税徴収権の消滅後ないし同法七〇条の定める更正、決定等の制限期間経過後になされたものである旨の原告の主張(原告の反論3項)は採用することができず、また、前記のとおり、原告は、伊助らからの本件株式の買戻権の贈与によって経済的利益を受けたものであるから、贈与者が日本新薬等であり、原告には一時所得による納税義務が成立する旨の原告の主張(原告の反論2項)も採用の余地がないというべきである。

4  なお、被告の主張6項(一)のうち、原告が昭和三九年一二月二七日、義父である渡辺から本件株式一万株を券面額で譲り受けたことは当事者間に争いがないので、前同様、右は、相続税法七条に規定する低額譲渡に該当すると解される。

加えて、同項(二)の事実も当事者間に争いがない。

三  本件株式の価額の合理的評価方式について

1  相続税法二二条によれば、贈与により取得した財産の価額の評価は、右取得の時における時価による旨定められているところ、この時価とは、一般的には客観的交換価値を指すものと解される。

そして、上場株式のように、証券取引所において、日々大量に取引が行われ、市場原理が十分に働くものについては、そこで形成された価額をもって時価ということができるが、本件株式のように、開かれた取引市場を有しない閉鎖的なものは、客観的交換価値を把握するのに困難を伴うことはいうまでもない。もっとも、気配相場を有する場合とか(本件株式が非上場株式であり、気配相場もないことは、当事者間に争いがない。)、当該非上場会社と特殊な関係を持たず、株式の価値を正当に認識した当事者間で成立した適正な売買事例が存する場合には、右価額をもって適正な時価と評価することが可能というべきところ、原告は、本件株式は従前、金五〇円ないし金六〇円で取引される慣習が確立していたので、右価額をもって評価額とすべき旨主張する(原告の反論7項(一))のに対し、被告は、右価額は特殊な事情のもとで成立したものに過ぎない旨主張する(被告の再反論5項(一)。なお、原告は、被告の右主張は時機に遅れた攻撃防御方法であって、許されない旨主張するが、売買実例を基にした適正価額に関する原告の主張に対し、被告は当初から争う趣旨を明確にしており、原告が右に関する具体的主張をしたのが昭和五五年四月一八日付準備書面であって、被告が一年余を経過した同五六年五月一八日付準備書面により、原告の右具体的主張に対して詳細に反論したものであるところ、この間における被告の調査に要する期間を考慮すれば、必ずしも時機に遅れた主張ということはできず、原告の右主張は採用することができない。)ので、これについて判断するに、〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められ、原告本人尋問の結果中これに反する部分は、前掲各証拠に照らし、にわかに措信できない。

(一)  訴外会社においては、会社設立のころから、従業員が退職したり、死亡した場合に、その本人又は遺族らの申し出により、その保有していた本件株式を買い取る扱いをしてきたが、その価額は、一株金五〇円ないし金六〇円であり、また、従業員相互間で本件株式が取引される場合も、その価額は右と同様であった。

その他、東栄に対して、本件株式二万株が一株金五〇円で売り渡されたことがあったが、同社は、訴外会社の主力取引銀行である東海銀行の保険部門を取り扱う関連会社であり、東海銀行からは、高田が経理担当の取締役として訴外会社に入社していた。

なお、真シナは、資本金三〇万円の株式会社真長兵衛商店の株主であったところ、同社が訴外会社と合併するに当たり、一対一の割合で合併交付株式を割り当てられ、本件株式九〇〇株を取得したものであるが、その際、同商店側の公認会計士は、本件株式の価値を券面額の一〇倍位と推定していた。

(二)  訴外会社は、昭和三八年一〇月一日、資本金を金三八〇〇万円から金四九七〇万円に増資し、これに伴って発行した新株のうち四万四〇〇〇株を券面額である一株金五〇円で従業員らから募集したが、その際、本件株式を保有するメーカーや所轄税務署からクレームがつくことはなかった。

また、訴外会社は、同四四年八月一日、資本金を金五〇〇〇万円から金九〇〇〇万円に増資したが、その際に発行された新株のうち、一三万九〇〇〇株が失権株となり、これらは訴外会社の従業員で一定の役職(副長以上)にある者に対して券面額で割り当てられ、さらに同四七年七月一日、資本金を金九〇〇〇万円から金一億二〇〇〇万円に増資した際にも、発行された新株のうち九万七二七九株が失権株となり、訴外会社に一〇年以上勤務する係長以上の従業員、業務提携先、その他の関係者らに券面額で割り当てられたが、いずれも割当てを受けない株主や所轄税務署からクレームがつくことはなかった。

もっとも、少なくとも昭和四四年八月一日付増資の際の新株発行につき失権株が大量に生じたのは、株主が自発的に引受けを辞退したことによるものではなく、訴外会社が従業員に本件株式を保有させる目的で、株主に対し、一三万株を目標に引受けを辞退してもらいたい旨依頼した結果によるものであって、訴外会社は、右従業員ら関係者に対し、恩恵的な配慮のもとに失権株の割当てを実行したものである。

(三)  原告の叔父に当たり、訴外会社の役員でもあった訴外中北鍬次郎(以下「鍬次郎」という。)は、昭和四七年一一月に死亡したが、その相続税の支払のため、遺族らは、鍬次郎の保有していた本件株式を物納することを考え、税務署の試算により、一株金二四八円の評価額で物納する予定となったが、物納の結果、本件株式が第三者の手に渡ることをおそれた原告らは、鍬次郎の長男の保有する株式を含めた右株式を、訴外会社の関係者に売り渡すことを求め、遺族らとの交渉の結果、一株金一四〇円で取引が成立した。

以上の事実によれば、本件株式は、従前、券面額で取引されたことがないわけではなかったが、それは訴外会社の従業員や訴外会社と密接な関係にある関連会社などの特殊関係者との間の取引に過ぎず、不特定多数の者が関与し、市場原理が機能する場面での取引事例ではないから、その際に決められた価額をもって本件株式の適正な時価ということができないことは明らかというべきであり、このことは、従前の株主や所轄税務署から何らクレームがなかったとの事実を斟酌しても覆ることはないばかりか、かえって、前記公認会計士の評価額や物納の際の税務署の査定価額が券面額をはるかに上回っていたこと、券面額による新株募集が訴外会社の関係者に対する恩恵的なものと考えられていたことなどに照らせば、本件株式の適正な時価は、券面額を相当額上回っていたと推認することができるので、右価額をもって本件株式の評価額とすべきである旨の原告の前記主張は、到底採用することができない。

2  そこで、本件株式の評価に関する合理的方式について検討する。

(一)  まず、各方式の本件株式への適応を判断する前提として、次のことが確認されるべきである。すなわち、本件株式のように、証券取引所における取引価額や適正な売買事例の存しない非上場株式を評価するには、事実認識としての客観的交換価値の把握には自ずから限界があり、様々な事実を前提に推論を重ねる擬制的算定方式によらざるを得ないが、現状においては、右前提事実や推論の過程にどれほど社会科学の成果を組み入れようとも、普遍的法則性が認められる程度に株価形成のメカニズムが解明されているとはいえず、したがって、自然科学の分野におけるような正確性を持った評価は求め得べくもないので、ある評価方式が、評価目的に沿った規範的観点からの前提事実、推論方法を採用しており、他に特段の不合理性が認められない以上、この方式によって得られた評価額は、一応合理的なものとして容認すべきものであるということである。

ところで、株式の価額を評価する必要が生ずる場面としては、商法上、譲渡制限のある株式の先買権者による買取価格の決定(二〇四条の四)、営業譲渡、株式譲渡制限のための定款変更、合併に反対する株主の買取請求に基づく買取価格の決定(二四五条の三、三四九条、四〇八条の三、有限会社法四一条、同法六三条)、新株発行が不公正なものか否かの判断(二八〇条の二第二項)を必要とする場合などが考えられるが、本件株式の評価の目的は、これにより得られた価額をもって、納税者たる原告の贈与税の納税義務の有無及びその金額を判定することであって、右のような場合とは局面を異にすることはいうまでもない。

したがって、第一の特徴として、そこには、私人間の対等な関係とは異なり、国とその統治権に服する国民という権力的な関係を規律するものとしての原理が求められているから、評価額が客観的交換価値を上回る可能性はできる限り排除されなければならないが、逆にこれを下回る可能性に対しては、特段の事情のない限り、これに対する配慮をしなくとも、その評価の合理性ないし適法性に影響を与えるものではないと解すべきものである。

また、第二の特徴として、課税事務は、大量かつ反復して遂行されるものであるから、行政の公平性ないし一貫性の立場から、ある程度、画一的な基準を設定する必要のあることは容易に肯認することができ、したがって、そのような一般的な合理性を満たす評価方式であれば、具体的に当該株式に対して右方式を適用することが不合理であるとの特段の事情が明らかにされない限り、その結果たる評価額も合理性、適法性を失うものではないというべきものである。

(二)一般に、非上場株式の価額を評価する方式としては、次のようなものが挙げられる。

(1) 配当還元法

右は、評価会社の一株当たりの最近数事業年度の年平均配当額又は将来の各事業年度に期待される予測配当額を一定の資本還元率(割引率)で還元して、元本である株式の現在の価額を算出する方式であり、成立について争いのない甲第五号証によると、基本通達の定める配当還元法(中、小会社に区分される会社の株式のうち、非同族株主の取得した株式に適用される。)は、直前期末以前二年間の平均配当額を用いていることが認められる。

右方式については、営利法人たる株式会社は、利益配当(又は残余財産分配)の方法のみによって対外的事業活動によって得た利益をその構成員たる株主に分配することができるから、経済的な評価としては、株式は右利益配当に対する期待権に他ならず、理論的には株式の評価方式としてもっとも適当である旨の評価がなされることもある(成立について争いのない甲第七七号証には、このような見解が述べられている。)が、反面、還元率や予想配当額の決定に困難が伴うこと、株価決定の重要な要素と考えられる純資産、収益等の要素を全く無視することに懸念が残る(例えば、無配当だからといって、当該株式は無価値であると断定することはできず、特に同族会社の場合には、支配株主の意向により、そうでない会社に比べて配当性向が著しく低く抑えられる傾向があるので、評価額が実体よりも低く算出される結果を招きやすい。)などの批判があり、少くとも支配株主の保有する株式の評価方式としては妥当でないといわざるを得ない。

(2) 収益還元法

右は、評価会社の将来の各事業年度に期待される法人税課税後の利益を、一定の資本還元率(割引率)で還元して、元本である株式の現在の価額を算出する方式であり、支配株主の恣意的な配当政策によって影響をうけかねない配当還元法の欠点を排除することにその狙いがあるといえよう。

しかし、逆に、株主の利益と会社の利益を同視することへの批判が呈される(すなわち、会社内部に留保された利益は、株主、特に非支配株主に対して直接に経済的利益をもたらすものとはいえない。)し、評価が適正に行われるためには、収益の見通しが確実に把握されることを条件とするが、これの達成には疑問の余地がある。

(3) 純資産法

右は、評価会社の純資産価額を発行済株式総数で除して一株当たりの金額を算出する方式である。その基準となる純資産価額については、決算貸借対照表上のいわゆる帳簿価額によるものと、その時点で会社を解散して清算を行うと仮定した場合の処分価額(この場合も、資産を一括譲渡すると仮定した場合と、資産を解体して個別に処分すると仮定した場合が考えられる。)によるものとがある(前掲甲第五号証によれば、基本通達は、会社区分上、小会社に分類される会社の株式のうち、同族株主が取得するものは、相続税評価額によって計算した純資産価額をもとに、右方式によって評価することとしていることが認められる。)。

右方式は、株式が会社資産に対する持分としての性質に着目したものであり、実務上も小規模会社については妥当するとの評価がなされる反面、株価決定の他の要素である収益、配当に対する考慮がなされないことへの疑問が呈される他、帳簿価額による方式に対しては、一般に貸借対照表の資産の大部分は、費用の未配分額すなわち将来の費用額としての性質をもつから、純資産の一株当たりの簿価は、必ずしも株式の時価を明らかにするものではないと批判され、さらに処分価額による方式に対しては、現に事業を継続している会社の株式の評価として適当とはいえないとの批判がなされる。

しかし、前記のように株式が会社資産に対する持分としての性質を有するとすれば、理論上は、純資産法は株式の評価に関する基本的方式であると位置づけることが可能であり、特に業績が順調に推移している会社の支配株主の保有する株式については、その最低限の価値を把握する方式と考えられるから、課税処分の適否を判定する前提としては、適応性が大であるといえる。

(4) 類似会社、類似業種比準価額法

右は、上場会社のうちから、もっとも評価会社に類似する単数の会社(類似会社比準価額法)ないし類似する業種に属する複数の標本会社(類似業種比準価額法)を選定し、その会社ないし業種の株価を基に、評価会社と純資産価額、収益力、配当率などを比較対照して株価を算定する方式であり(〈証拠〉によれば、昭和三八年以前に適用される旧評価通達では、非上場株式の原則的な評価方式として類似会社比準価額法を、同三九年以降に適用される基本通達では、大会社に区分される会社の株式のうち、同族株主の取得する株式については類似業種比準価額法をそれぞれ定めていることが認められ、また、その具体的方式は、被告の主張9項(二)(1)、同(三)(1)のとおりであることは当事者間に争いがない。以下、両者を併せて「比準価額法」ということがある。)、株価決定の基本的要素として考えられている右三要素を斟酌することにより、妥当な評価を試みるものであり、特に大量かつ反復して評価を行なう必要のある課税事務になじみやすいといえる。

しかし、適当な類似会社、標本会社を選定することは必ずしも容易ではなく、特に上場会社は、評価会社たる非上場会社に比べて、規模の上で相当の差異があるのが通常であるから、この点も類似性の判断に組み入れるとなると(もっとも、かかる斟酌の必要性の有無については見解が分かれ得る。)、その選定は著しく困難とならざるを得ない(類似会社比準価額法は、単数の類似会社に比準するものであるから、その類似性が失われている場合の弊害は、類似業種比準価額法より大なるものがあると考えられ、したがって、最も類似する会社を選定することが要請される。また、類似業種比準価額法も複数の標本会社を選定し、その平均値を基に比準することによって評価の客観性を確保しようとすると、必然的にある程度類似性の薄い会社をも標本会社として取り込まざるを得ないこととなる。)。また、右方式は、前記三要素が平等の影響力を有するとの前提に立っているが、これは必ずしも実証された仮定とはいい難いとの批判を受ける。もっとも、この方式は、叙上のような問題点の存在を反映して、評価の安全性ないし流通性の欠如を理由に、一定の減価措置を伴うのが一般的である(前記当事者間に争いのない類似会社、類似業種比準価額法の具体的方式によると、旧評価通達、基本通達の定める右各方式は、分子に一又は三を加え、分母を四又は六とすることにより、この点に関する調整を行っていることが明らかであり、また、昭和四七年以降に適用される改正基本通達では、端的に〇・七を乗ずる方式に変更されたことも当事者間に争いがない。)ので、不当に高額な評価をもたらす危険性は、その限度で減少するものといえよう。

(5) 併用方式

叙上の方式のうちのいくつかによって評価し、これにより得られた評価額を当該株式に適合するように適当なウエイトをもたせて組み合わせる方式であり、前掲甲第五号証によると、基本通達は、中会社に区分される会社の株式で同族株主の取得する株式及び大会社に区分される会社の株式で非同族株主の取得する株式の評価方法として、右方式を定めていることが認められる。

右方式に対しては、併用すること自体及びウエイトの置き方につき、理論的根拠がないとの疑問が投げかけられているが、各方式を組み合わせることにより、多くの要因を株価に反映させることができること、各方式に内在する欠点を減殺する効果を期待できることなどを理由として、積極に解する立場もある。

(三)  ところで、訴外会社は、基本通達一七八の区分上、大会社に該当すること、訴外会社の株主構成は、別表三記載のとおりであり、原告及びその一族の保有する本件株式の比率が七〇パーセント前後であること、以上の事実は当事者間に争いがない。

また、前記認定のとおり、日本新薬等は、その保有する本件株式につき伊助らに対して任意の時点における買戻しに応ずる義務を負担していたものであるから、これらを含めた原告ら一族の保有する株式の比率は、昭和三八年三月三一日から同四三年九月三〇日までの間、少ない時でも七五・八パーセント、多い時には七九・五パーセントに達することが別表三の記載から明らかである(ちなみに、伊助ら、原告、その妻及び義父、兄弟並びに日本新薬等、原告と最も密接な関係を有する者の保有する本件株式に限定しても、同期間中の比率は、五三・四パーセントから五六・二パーセントに達している。なお、原告の叔父である鍬次郎及びその長男の保有していた株式も、昭和四七年一一月に鍬次郎が死亡した後、原告の指定する関係者によって引き取られたことは、前記認定のとおりである。)。

右事実によれば、訴外会社は、伊助及びその長男である原告が支配する強固な同族会社であって(前掲甲第五号証によると、基本通達は、株主の一人及び法人税法二条一○号に規定する同族関係者の保有する株式数が、原則として発行済株式総数の三〇パーセントを超える場合においては、その者らの保有する株式を同族株式とし、そうでない株式と異なる扱いをしていることが認められる。)、同人らは、経営、人事等の面において、その意思を十分に貫くことができるものと認められ、現に、原告は、大学院修了後直ちに取締役に就任していたが、さらに昭和四〇年には常務取締役に昇格するなど順調な経路を辿った後、代表取締役であった伊助が死亡した際には、極めて自然に原告がその地位を承継したことは、前記認定のとおりであり、また、前掲甲第八九号証によると、原告の弟である高試も、大学院修了後まもなく訴外会社の取締役に就任し、その後も常務取締役・専務取締役と順調に推移していることが認められる。

この点につき、原告は、訴外会社は一般の同族会社と比べて個人経営形態の色彩が薄いとして縷縷主張している(原告の反論5項(一)(2))ところ、〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められ、これに反する証拠はない。

(1) 訴外会社の株主には、薬品メーカー数社、東栄、訴外会社の従業員などの原告一族以外の者も含まれ、現在では従業員で組織する訴外中北薬品労働組合(以下「中北労組」という。)も株主となっている。

(2) 訴外会社の会社役員に占める原告一族の数は、昭和三八年から同四四年にかけて三ないし四名に過ぎず、現在においては、取締役一一名中、原告と弟の高試の二名だけであり、東海銀行の出身者も役員として含まれている。また、訴外会社の取締役会は原則として月に一度開催され、株主総会も年二回開催されているが、その招集手続は、商法の規定に則って行われている。この他、会社の経営方針を実質的に決定する機関として、月一度開かれる部長会(なお、部長には原告の一族に属する者はいない。)や年三回開かれる会社会議が組織されており、これらの運営については部長クラスの意向が相当反映されている。そして、かつては伊助と鍬次郎とが、人事等をめぐって対立したこともあった。

(3) 中北労組は、上部団体の同盟に加盟し、労働条件等については、経営陣と労使交渉を実施するなどの活動を行い、その結果、訴外会社との間に労働協約が締結されている。

しかしながら、右認定事実は、原告ら一族の保有する圧倒的な株式保有割合を考慮すると、会社経営における原告のイニシアチブと矛盾しないしはこれを否定するものとはいえず、かえって、原告及び高試を除く他の一族の役員がその地位から去っていったのは、伊助及びその直系卑属たる原告及び高試の意思が、訴外会社の人事面において貫徹されていることを推測させるものであるから、前記判断を覆すには足りない。

(四)  以上の検討を前提として、原告の取得した本件株式の合理的な評価方式を検討する。

(1) まず、被告は、主位的に純資産法の適用を主張している(被告の主張8項)ところ、前記のとおり、訴外会社は、極めて同族性の強固な会社ということができ、かつ、圧倒的な支配株主としての原告の地位にかんがみれば、原告の取得した本件株式は、会社資産に対する持分としての性格を強く有するというべきであるから、純資産法の適用は合理性を有するということができる。もっとも、訴外会社は、純資産法が最も適合する小規模会社ではなく、基本通達上、大会社に区分されるものではあるが、一般に順調に営業を継続している会社の全体としての価値は、当該会社を構成する個々の資産の集積以上のものがある(もし、当該会社が個々の資産の集積以上の利潤を生み出さず、かつ、将来もその可能性がないのであれば、規範的には、当該会社は解体され、その資産は株主に分配されて然かるべきである。)というべきところ、訴外会社の経営も、ほぼ順調に推移していたことは、〈証拠〉によって認められるので、逆にいえば、純資産法は、確実に把握できる最低限の本件株式の価値を評価するものということができ、このような性格は、課税処分の前提たる評価方式としての合理性と矛盾するものでないことは、先に述べたとおりである。

(2) この点につき、原告は、純資産法の形式的違法性として、右方式は基本通達に違反する(純資産法は、訴外会社のように大会社に区分される非上場会社の株式を評価する方式として基本通達が定めるものと異なっていることは当事者間に争いがない。)ので、本件株式に対する適用は違法であり(原告の反論5項(一)(1))、また、訴外会社は、個人的経営形態の色彩が薄いので、純資産法はなじまず、その適用は合理性を欠く(同項(一)(2))旨主張する。

後者の主張が採用できないことは既に述べたとおりであるが、前者の主張は傾聴に値するものを含むというべきである。すなわち、通達は、一般には上級機関がその監督権の一環として下級機関の権限の行使について指図するものであり、当該行政機関の間で効力をもつ行政組織内部の規範にすぎないから、行政庁が国民に対し、通達に違反する処分を行っても、その処分は直ちに違法となるものではなく(最高裁昭和二七年(オ)第二六八号・同二八年一○月二七日判決民集七巻一〇号一一四一頁参照。)、逆に当該行政処分が通達に適合しているからといって、その処分の適法性を根拠づけることはできないことは被告の主張する(被告の再反論3項(一))とおりであると解されるが、そうであるとしても、当該通達による画一的な事務処理が確立している場合に、特段の合理的な理由がなく、特定の者に対してのみこれに拠らずに、不利益な処分をすることは、平等原則に違反するものとして適切でないといわざるを得ない。

ところで、被告が予備的に主張する類似会社、類似業種比準価額法は、通達において採用されているものであり(昭和三八年以前は旧評価通達により類似会社比準価額法が、同三九年以降は基本通達により類似業種比準価額法が各々定められていたことは当事者間に争いがない。)、かつ、前記のとおり、類似会社、標本会社の選定や減価措置が適当に行われるのであれば合理的であると解される(原告は、一般的に、右比準価額法は、(イ)投機的要素から形成される上場株式の株価を基礎として非上場株式の価額を算定するのは誤りである、(ロ)配当金額、利益金額及び純資産額の三要素以外の株価形成要因を斟酌しないので妥当性を欠く、などと主張する(原告の反論6項(一)、(二))が、前記のとおり、比準価額法は何らかの形で安全性を考慮した減価措置を伴うものである上、右三要素は、一般には株価形成の定型的主要因と考えられるものであり(後記のとおり、両者の間には七割の相関関係が肯定される。)、他の要素が計数化の容易性において右三要素に及ばない以上、大量かつ反復して評価を行う課税事務の性格に照らし、右三要素による比準も合理性を有するものというべきであり、仮に類似会社、標本会社の株価に投機的要因が原因と認められる異常な変動があっても、前記Aの数値は一か月間を通じた平均株価であって、ある程度異常性は減殺される上、異常性が残った場合でも、それを排除ないし修正する措置をとることを怠らなければ、上場株式との比準は妥当性を欠くものではないというべきところ、本件においては後記の類似会社、標本会社の株価の推移が異常であることを示す徴候は認められず、結局、原告の右主張は採用することができない。)ので、右方式による評価も尊重されるべきである。

以上を総合すれば、純資産法が訴外会社や本件株式の特質に照らして合理的であるとしても納税者に対する平等的取扱いの観点から、比準価額法を排除すべきものではなく、これらを総合した方式、具体的には、通達に定める比準価額法による評価額が、純資産法によるそれよりも下回る場合には、これをもって純資産法による評価額を修正すべきものと解するのが相当であり、この意味で、被告が主位的に主張する純資産法と予備的に主張する類似会社、類似業種比準価額法の重畳的適用が、本件においては最も合理的というべきである(ちなみに、基本通達の制定に関与した証人田口豊は、大会社に区分される会社については、類似業種比準価額法を原則的な評価方法とするが、その評価額よりも純資産法による評価額が低額である場合には、後者による評価で差し支えない旨証言していて、前記方式と趣旨において合致している外、昭和五八年直資二-九六「相続税財産評価に関する基本通達の一部改正について」の通達は、大会社に区分される非上場会社の株式の評価は、原則的には類似業種比準価額法によることとされているものの、納税者の選択に従い、純資産法によって評価することを許容している(一七九(1))ことは成立について争いのない甲第七九号証によって認められるところであり、この事実も前記方式の合理性を裏付けるものといえよう。)。

(3)なお、原告は、適正な評価方法として、

(イ) 取引実例法

(ロ) 配当還元法

(ハ) 類似会社、類似業種比準価額法の修正型

を提示する(原告の反論7項)。しかし、(ハ)については、後に述べる類似会社、類似業種比準価額法の具体的適用の際に検討することとして、(イ)が採用できないことは既に述べたとおりであり、(ロ)についても、既に述べたとおり、評価の対象となる本件株式が同族会社における支配株主の取得した株式であって、その価値は単なる配当以上のものがあると考えられることに照らすと、前記の方式よりもより合理的ということはできず、右原告の主張は採用することができないといわざるを得ない。

四  本件株式の評価額について

1  まず、純資産法による評価額について検討する。

(一)  被告の主張する純資産法は、企業会計上の帳簿価額を基礎とし、これに法人税所定の修正を施した数値を用いて評価する方式であることは主張自体から明らかであるところ、被告の主張8項(三)のうち、訴外会社の作成した法人税確定申告書及びこれに添付された会計帳簿を基に被告主張の操作を加えた同社の資産及び負債の詳細が、別表四の付表(昭和三八年八月)及び同五の付表1ないし9(同三九年三月から同四三年八月)記載のとおりであることは当事者間に争いがない。

そして、右各付表に記載された金額を基に、総資産価額、負債の合計額、その差額である純資産価額、発行済株式数、一株当たりの純資産価額を計算すると、昭和三八年八月を課税時期とするものは別表四記載の、同三九年三月から同四三年八月までを課税時期とするものは別表五記載のとおりとなることは、計数上、明らかである。

(二)  この点につき、原告は、右帳簿価額は時価を反映するものではなく、これを基礎とする評価は本件株式の時価とは結びつかない旨主張する(原告の反論5項(二)(2))。なるほど、会計帳簿に掲げられた資産項目は、各事業年度における配当可能利益を算出するための極めて技術的な概念であって、資産の客観的交換価値を正確に表現している保障はないから、個々の資産を再評価する処分価額による方式に比べて正確性に劣ることは否定できない。

しかし、昭和三七年法律第八二号による改正後の商法及びこれを受けた企業会計原則並びに昭和四〇年に全面改正された法人税法及び同法施行令(昭和四〇年法律第三四号、同年政令九七号)は、資産評価につき原価主義を基調として採用し、その上で、時価が原価よりも低廉になった場合に時価を反映させる措置などが規定され、弾力的な運用が可能となっている(昭和四九年法律第二一号による改正前の商法三四条二項、二八五条の二、同条の四ないし七及び前掲法人税法二九条一項、三〇条、同法施行令二八条一項二号、三四条一項一号ロ等参照)ところ、右は、会計学の成果を織り込んだもので普遍的妥当性を有するのみならず、確実な資産価値の把握という観点からは一定の合理性を有するものと解される(このように帳簿価額を基礎とする方式より、資産を解体して個別に処分すると仮定した場合の価額を基礎とする方式のほうが、より評価の安全性を確保できると考えられるが、訴外会社のように、順調に推移していた継続的事業体の株式を評価するためには、理論上は企業の解体を前提とする右方式は妥当でないといわなければならない。)。

原告は、帳簿価額が時価と乖離する例として、

(1) 繰延資産

(2) 売掛金や在庫

(3) 退職引当金

などを挙げて被告の主張する純資産法を論難する(原告の反論5項(二)(2))。しかし、(1)、(2)については、具体的にどの程度の金額の相違をもたらすかについて何らの主張、立証もない上、(1)については、それ自体の換金性は有しないものの、そもそも会計上の資産とは、将来の収益に対応する未実現の費用の集積に外ならないとの立場から、継続事業体としての企業に何らかの有益な価値をもたらしているとして、本来の資産性を肯定することも可能であり、(2)についても、帳簿価額と時価とが著しく乖離するのが常態であるとの経験則の存在は、認めることができない。また、(3)については、評価は、当該会社の事業が継続しているものとの前提に立つものであるから、資産から控除すべき負債も、単に将来の債務負担の基礎となる事実関係が成立しているだけで、具体的にその成立の時期や金額等が法律的に確定していないものは、これを含めないのが相当であり、仮に実際には別表四、五の各付表中の金額を超える退職引当金が必要になるとしても、それはあくまでも見込みにすぎないから、その金額を資産から控除しなくとも違法ではないというべきである(前掲甲第五号証によると、通達(昭和四一年直資三-二〇「相続税財産評価上の退職給与引当金の取扱いについて」)は、法人税法五五条二項に規定する退職給与引当金勘定の金額に相当する金額を負債とすることを認めているが、これは政策上の理由から一定の限度においてのみ負債としての処理を許容しているに過ぎず、その余は原則に戻ってこれを否定しているものと解される。)。

むしろ、一般に業績の好調な会社は、貸借対照表に現れない含み資産を相当額有するのが通常である(一般には、土地は、当時の社会情勢に照らしても、取得原価をはるかに超える資産価値を有していると推認することができ、また、のれんないし営業権は、企業会計上は、有償ないし合併により取得した場合に限って取得価額を掲げることができる(商法二八五条の七)が、前記のとおり、ほぼ好調な推移を辿っていた訴外会社のような継続的事業体には、このような無形資産の集積は多大なものがあると考えられる。)ところ、本件においては、このような価値は、評価上考慮されていないのであるから、これらを総合すれば、帳簿価額を基礎とする被告主張の純資産方式は、過大な評価を招くおそれは少ないという意味において、それなりの合理性を有するものと認められる。

この他、原告が純資産法の実体的違法性として主張するもののうち、原告の反論5項(二)(1)、(3)は、仮に右主張が正当であるとしても、一般には純資産の評価を高める方向に作用するものであるから、課税処分の適否を判断する前提としての評価方式に対する批判としては主張自体失当というべきであって採用できず、同項(二)(4)についても、前記のとおり、好調に推移する継続的企業体としての訴外会社の株式を評価する場合には、清算を前提としてそれに要する費用ないし清算所得に係る公租公課なるものを想定し、これを負債として控除すべきでないと解される(最高裁昭和五〇年(オ)第三二六号同五四年二月二三日第二小法廷判決・民集三三巻一号一二五頁参照)から、結局、被告の主張する純資産法による評価は適法というべきである。

2  次に、類似会社、類似業種比準価額法による評価額について検討する。

(一)  旧評価通達の定める類似会社比準価額法が被告の主張9項(二)(1)のとおりであること及び基本通達の定める類似業種比準価額法が同項(三)(1)のとおりであることは当事者間に争いがない。

すなわち、被告主張の比準価額法は、

(1) 法人税の確定申告書記載の利益金額(経常損益に特別損益を加除したものにつき法人税法上の経費否認の操作を加えたもの)及び純資産価額を基礎として比準するものであること、

(2) 分子に1又は3の常数を加え、分母を4又は6とすることによって安全性ないし流通性の欠如を考慮した減価をするものであること、

(3) 類似会社として稲畑産業を、標本会社として被告の主張9項(三)(2)の基準に従い、化学製品卸売業に属する別表七記載の一三社を各選定していること、

以上のように要約することができるところ、原告は、これらのすべてを批判する(原告の反論6項(三)ないし(五))ので、以下順次検討することとする。

(二)  利益金額及び純資産金額について

(1) 一般的に、ある会社の利益金額、純資産価額を他の会社のそれらと比較、比準するについては、右要素はできるだけ当該企業の実体を反映するものであることが望ましいことはいうまでもなく、被告の主張する方式において基礎として用いられている右各要素の金額が、企業会計上の数値にもっぱら課税上の目的から設けられた修正措置が施されていることは明らかである。

(2) ところで、利益金額につき、原告は、

(イ) 負債性引当金の計上方法

(ロ) 訴外会社における利益の算出基準の変更と他の類似会社、標本会社における同様の可能性

(ハ) 特別損益の計上

(ニ) 交際費等の経費否認

を例に挙げて、被告の主張する方式を非難する。

(イ)については、負債性引当金の計上方法の如何によって利益金額を増減する可能性のあることは否定できず、特に、昭和五六年法律第七四号による改正前の商法二八七条の二は、目的を特定すれば自由に引当金を計上できると解する余地があったというべきであるが、反面、どの会社においても企業会計が「公正な会計慣行」に従ってなされるべきことは当然であり(商法三二条二項)、例えば秘密準備金は昭和三七年法律第八二号による商法の改正により禁止されているし、法令により、あるいは公正な会計慣行上、計上を必要とする引当金は、商法上も計上を要するものであるから、実際の差異は無視し得ない程度に達しているとは解されず、現に、原告自体、無視し得ない程度の差異の存在を具体的に主張、立証するものではないから、原告の右主張は採用の限りでない。

次に、(ロ)については、訴外会社において昭和四〇年一〇月一日から同四一年三月三一日までの事業年度における法人税につき、名古屋中税務署長は、従来現金主義による会計の行われてきた未収補償金を発生主義に基づいて更正決定し、その結果、同年度における利益は、例年度なら次期以降に計上されるべき未収補償金三〇八〇万円余を加えたものになっていること、以上の事実は当事者間に争いがない。そして、〈証拠〉によると、国税不服審判所長は、原告の右主張を容れて、類似業種比準価額法を適用するに当たり、右金額を訴外会社の利益から控除して審査裁決している事実が認められ、当裁判所もかかる修正措置を採るのが妥当と考えるものである(このような修正を施したことによっても、右事業年度以前における未収補償金が現金主義によって会計されていた事実が改まるわけではないが、同一事業年度における重複適用に基づく二重計上の問題は一応是正される結果となる。)。

もっとも、〈証拠〉によれば、収益、費用確認の原則たる発生主義は、所得税法、法人税法のみならず、企業会計原則においても採用されている(第二の一のA)ことが認められるので、他の類似会社、標本会社においても、右原則の変更の可能性があり、被告の主張する比準価額法全体の合理性を失わせるとの原告の主張は、これを具体的に証する証拠がない本件においては、採用するに由ないものであるといわざるを得ない。

(ハ)については、被告の主張する比準価額法が、経常損益の外に特別損益を加除した利益金額をもって比準の要素としていることは主張自体(被告の主張9項(二)(1))から明らかであるところ、当該会社の収益力の実体を反映するには、固定資産売却益、保険差益等の非経常的な利益を含む数値を用いることには若干の問題があることは原告の指摘するとおりであると解される(ちなみに、現行の基本通達一八三は利益金額の計算に当たり、このような非経常的利益を除いていることは、当裁判所に顕著なところである。)。

しかし、例えば固定資産の売却により譲渡差益を生じたときは、当該固定資産の含み資産の消滅を伴うから、必然的に株価の低下をもたらすことが多いなど、ある程度の自動調節が行われ得ると考えられること、一般に業績の順調な会社においては、かかる固定資産売却による利益を追求する必要に乏しいと考えられるところ、被告は、訴外会社においては、本件処分に係る各事業年度を通じて、固定資産売却損が固定資産売却益を上回っている旨主張(被告の再反論4項(一)(1))しているのに対し、原告は、右主張に対する具体的反論をしないこと、などを考慮すると、本件においては、被告の主張する方式が著しく不合理であって違法であるとまではいえないと解するのが相当である。

最後に(ニ)について検討するに、法人税法及び租税特別措置法は、租税政策上の見地から、企業会計の諸原則に相当の修正を加えており、例えば交際費等についても、企業会計上は、事業と直接の関連がある限り、全額が損金に算入されるが、法人税の課税標準たる所得の計算上は、租税特別措置法六二条により、一定限度を超える額は損金であることを否認されることとされている。

しかし、交際費等の支出は、ともすれば恣意的になされる危険性があるので、その計算を会社に全面的に委ねず、損金として認める金額を一定限度に限定し、これを超える部分を利益と扱うことが直ちに当該会社の収益力の実体の反映を阻害するものであるとはいえないのみならず、かかる租税特別措置法による修正は、訴外会社のみならず、類似会社、標本会社のすべてに適用されるものであるから、被告の主張する比準方式が、訴外会社の利益金額のみを膨らまし、その結果、原告に不利益をもたらすものとはいえない。

この点につき、原告は、医薬品卸売業は、他の業界と比べて交際費等の支出が大きく、類似会社、標本会社は、イワキを除き、「医薬品」の卸売を業とするものではない旨主張し、これに沿う原告本人尋問の結果もあるが、一般に、交際費等の金額が嵩むのは卸売業界に共通の特徴であると考えられる(もっとも、原告は、訴外会社が医薬品「卸売」業を営むことについても疑問を呈し(原告の反論6項(五)(2))、これに沿う原告本人尋問の結果もあるが、同社は、後記のとおり、薬局、開業医、病院等に医薬品を販売しているところ、これらは、成立について争いのない乙第三五号証により認められる「卸売業」の定義、具体的には業務として右医薬品を販売ないし使用するものであり、個人的な最終消費者とはいえないとの態様に合致するので、訴外会社を「卸売」業として分類することに誤りはない。)ので、これをもって直ちに被告主張の方式を不合理であると判断することは妥当でない(なお、〈証拠〉によると、訴外会社の昭和五六年一〇月一日から同五七年三月三一日までの事業年度における企業会計上の利益は金四七二四万円余であるのに、交際費の損金否認額金一億二九四一万円余等を加算するなどした結果、税法上の所得金額は、金二億八一一四万円余にのぼることが認められるが、右事業年度は本件処分とは関わりのないものである上、前記のとおり、卸売業は、一般に交際費の損金不算入額が多いものであり、かつ、本件処分に係る事業年度においては、支出交際費から一定額を控除した金額の三〇ないし五〇パーセントが損金としての処理を否認されたものに過ぎないのに、右事業年度においては、一定額を超える金額は全額が損金として認められなくなった(昭和五七年法律第八号による改正後の租税特別措置法六二条)という交際費の課税制度自体の変遷があることは当裁判所に顕著であり、これに照らすと、右事実をもって、被告主張の方式の不合理性を実証するものということはできない。)。

(3) 次に、原告は、純資産価額の算定につき、

(イ) 法人税確定申告書に表示された企業会計上の評価金額を用いていること、

(ロ) 右評価方法は、各会社によって異なり、純資産価額が同じ濃度で算出されていないこと、

を理由に、被告主張の方式を論難する。

しかし、類似会社、標本会社の純資産価額も右企業会計上のそれで算定することは共通である上、右金額も、会社の確実な資産価値の把握という観点からは有用な数値というべきであって、特に、訴外会社のようにほぼ業績が順調に推移していた会社においては、実際の価値を超える数値が算出される可能性は少ないと考えられることは、既に純資産法の評価額について検討したとおりであり、これをもって比準の要素とする方式が直ちに不合理とはいえない。

また、資産価額の算出方法が複数あることは、原告指摘のとおりであるが、個々の資産がどのような基準によって算出されたかを検討し、これを一つの基準のもとに再計算することは、実際上著しく困難であり、どのような算出方法を採ろうとも、公正な企業会計慣行に従って計算が行われる限り、著しく不当な差異を生ずる可能性は少ないと考えられる(特に、標本会社の数を多くすれば、算出方法の差異によってもたらされる算出額の相違は、減殺効果が期待できる結果、無視し得ないものではないと考えられる。)ことを考慮すれば、原告が、その不合理性を具体的に主張、立証するものではない本件においては、右の事情も被告の主張する方式自体を不合理ならしめるものではないというべきである。

以上のとおり、比準の一要素たる純資産価額の算出の違法性に関する原告の主張は採用することができない。

(三)  そこで、安全性ないし流通性の欠如に関する減価措置について判断する。

(1) 安全性を考慮した減価措置は、理論的には、類似会社、標本会社と評価会社との間の類似性が強固であり、かつ、被告の主張する比準法が、株価形成の諸要因を漏らすことなくその影響力に応じた割合で斟酌している場合には、特に必要性は認められず、また、流通性の欠如についても、譲渡に余分な時間、費用を要することを補う程度の金額を減算すれば足りるというべきである。

しかし、実際に比準価額法を適用するに当たっては、叙上のとおり、不合理とはいえないまでも、ある程度便宜的に簡略化した数式や基礎資料を用いることは避けられず、かつ、会社相互間の類似性も、後述のとおり、ある程度近似していることをもって足りるとせざるを得ないことから、精密性を補うというもっぱら技術的な理由により、減価措置が必要と考えられるものであり、減価方法、減価率をどの程度にすべきかについても、理論的に解明され得る問題とはいいがたいことは明らかである。

そこで、株式取引における経験則上、首肯できる減価方式であれば、理論上はその合理性が解明されなくとも、一応の妥当性を有するものというべきであって、これに従った評価方式は適法と解するのが相当である。

(2) ところで、通達上の減価措置は、既に述べたとおり、基本通達においては、分子及び分母に定数を加えることにより行うものであり(旧評価通達のそれも基本的には類似する。)、改正基本通達においては、単純に三〇パーセントを減価するものである。

右基本通達の減価方法につき、証人田口豊は、配当、利益及び純資産の三要素が株価に及ぼす影響度を実証的に分析、検討した結果、約七〇パーセントの数値を得たので、基本通達を立案するについては、影響度が五〇パーセントとなる式(被告の主張9項(三)(1)の(ハ)式)と七五パーセントとなる式(同(ニ)式)との二本立とし、その低額の数値をもって評価額とする方式としたものである旨証言しているところ、被告は、改正基本通達の採用した三〇パーセントの減価率も、右方式を簡易直截にしたものに過ぎない旨主張(被告の再反論4項(二))し、成立について争いのない乙第一八号証には、これに沿うかのごとき記載がある。

しかし、評価会社の配当、利益及び純資産が0であって、およそ株式に何らの価値も認められない場合にも、右方式では類似業種の株価の二五パーセントの評価額が算出されることとなって、その合理性に疑問を抱かざるを得ない上に、評価会社の内容が類似業種に比べて優れている場合(すなわち、前記(ハ)、(ニ)式における(〈B〉÷B)+(〈C〉÷C)+(〈D〉÷D)の合計が三以上の数値になる場合)は、右方式でも相当額の減価がなされるが、逆に評価会社の内容が劣っている場合は、かえって増価がなされる結果となることは明らかというべきところ、現に本件においては、被告の主張によっても、昭和三九年三月一六日における右数値は、二・九六三である(別表九参照)から、増価がなされた結果(右三要素の平均は〇・九八八であるにもかかわらず、基本通達の減価方式によると〇・九九を類似業種の株価に乗ずることとなる。)が生じているのであって、この点は無視し得ない欠陥であるといわざるを得ない。

このような欠陥は、一律三〇パーセントの減価率を採用する改正基本通達では払拭されていることが明らかである。もっとも、改正基本通達は、昭和四七年一月一日以降の贈与等に適用されるものであることが明らかであるが、一般に通達が改正された場合に、その適用が遡及されるべきか否かは、改正の理由如何に係るものと解すべきであり、従前の通達もその時点では合理的であったが、時代の流れにそぐわなくなったに過ぎない場合は、遡及適用を否定すべきであるとしても、不合理性を修正するための改正である場合は、むしろ遡及適用を肯定するのが相当である。そうすると、被告主張の基本通達による減価方式の有する欠陥は、不合理性を内在することは先に判断したとおりであるから、本件においても、改正基本通達の適用を認め、比準した結果に三〇パーセントの減価を肯定すべきであり、基本通達の適用をもって合理的であるとする被告の主張は、右の限度では採用することができないというべきである。

(3) なお、原告は、この点につき、安全性の減価三〇パーセントにさらに流通性に劣ることの減価三〇パーセントを乗じ、結局五〇パーセント以上の減価がなされるべきである旨主張する(原告の反論6項(四)、7項(三)(2))。しかし、原告は、右五〇パーセントの数値の合理性を実証的に主張、立証するものではない上、流通性に劣ることの減価は、前記のとおり、理論上は譲渡に要する余分の時間、費用を補う程度のもので足りるはずであるから、比準の三要素の株価に対する影響力は約七〇パーセントであったとの前記田口証言を考慮すれば、両者を含めて三〇パーセントの減価率は、経験則上、決して不当とは認められない(すなわち、納税者の利益を不当に害するおそれはほとんどない。)というべきであり、原告の前記主張は採用するに由ないものである。

(四)  次に、訴外会社と類似会社、標本会社との類似性について検討する。

(1) 〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

(イ) 被告は、昭和三八年度において適用される類似会社比準価額法に用いられる類似会社として稲畑産業を選定し、また、同三九年度以降に適用される類似業種比準価額法に用いられる標本会社を、被告の主張9項(三)(2)記載の基準に従って小分類である「医薬品、化粧品卸売業」(細分類としての「医薬品卸売業」、「医療用品卸売業」、「化粧品卸売業」から成る。)の中から選定すべく作業を進めたが、その数は三社に達しなかったため、やむなく日本標準産業分類上、右と関連する小分類である「化学製品卸売業」(細分類としての「塗料卸売業」、「染料、顔料卸売業」、「油脂、ろう卸売業」、「火薬類卸売業」等から成る。)を類似業種としたところ、右類似会社及び類似業種の直前一年間の純資産金額、利益金額を基にした一株当たりの純資産価額、利益金額及び配当金額並びに課税対象時期の直前一か月間の平均株価は、別表九の当該欄記載のとおりである。

(ロ) 右類似業種の基礎となった標本会社は、別表七記載の標本会社であり、これに訴外会社を加えた各会社の、本件処分に係る各事業年度における事業内容、資本金、年間取引高(昭和三八年度は年間利益)、総資産金額、株式の上場時期は、概ね別表一九の一ないし三記載のとおりであり、これに純資産金額(総資産金額から負債金額を控除したもの。ただし、退職給与引当金以外の各種準備金、引当金は、負債として扱わない。)、税引前純利益金額、納税引当金、従業員数を加えたもの(訴外会社については一般医薬品と乳製品等の販売比率を表示する。)は、概ね別表一四の一ないし四記載のとおりである。

(ハ) 本件処分に係る事業年度における訴外会社の販売品目は、一般医薬品が九七ないし九八パーセントを占め、残りの二ないし三パーセントは、粉ミルクや医療雑貨であり、訴外会社はこれらを五ないし八社の製薬メーカーから仕入れ、〈1〉薬局などの小売向、〈2〉一般開業医などの医家向、〈3〉病院向、〈4〉その他保健所、会社などへ卸販売していたが、その売上高は、概ね次のとおりである(ただし、〈4〉は他と比べてわずかであるので省略する。)。

昭和三八年度 〈1〉約三五億円 〈2〉約三億円 〈3〉約九億円

同三九年度 〈1〉約四三億円 〈2〉約四億円 〈3〉約一〇億円

同四〇年度 〈1〉約四一億円 〈2〉約七億円 〈3〉約一〇億円

同四一年度 〈1〉約三四億円 〈2〉約一七億円 〈3〉約二一億円

同四二年度 〈1〉約三七億円 〈2〉約一九億円 〈3〉約二五億円

同四三年度 〈1〉約四四億円 〈2〉約二三億円 〈3〉約三四億円

(ニ) 訴外会社は、かつては医薬品の元卸としての性格が強かったが、医薬品卸売業一般の例にもれず、流通革命が進むにつれ、二次卸が担当していた役割をも果たすようになり、一般開業医や病院に多品目、少量の医薬品を直接配送するなどきめ細かいサービスが要求されるため、配送部門を中心に人員の増加を余儀なくされ(当時の顧客数は約五〇〇〇軒にも及んでいた。)、従業員一人当たりの利益率が低下してきた。また、過当競争から、医者や病院に対する販売の際に「添付」という名のおまけを給付するのが常態になり(昭和四六年ころ厚生省の求めにより廃止されたが、その後も値引きの実態は継続している。)、これに要する費用につき、メーカーによる補填がされずに訴外会社が負担することもあるなど、売上高の伸びほどには利益は上がらず、売上高に対する利益率は次第に逓減して同三八年ころは一パーセント程度に低下し、逆に粗利益に占める人件費の割合は、上昇する傾向にあった。

(ホ) 営業内容については、類似会社、標本会社として選定された一三社(以下において掲記する場合には「株式会社」の表示を省略する。)のうち、医薬品を扱う卸売会社は、稲畑産業、イワキ及び科研薬化工の三社であり、他は医薬品以外の化学製品を扱っている。そして、売上高に占める医薬品の割合は、稲畑産業については二三ないし二八パーセントであり、イワキのそれは四二ないし四四パーセントである。もっとも、稲畑産業は、住友グループの系列に属する会社であり、訴外住友化学工業株式会社の製造する医薬品の発売元として、その販売部門を担当する役割を担っており、科研薬化工も、製薬メーカーたる訴外科研化学株式会社の製造した医薬品の販売を担当する会社であり、訴外会社などの卸売会社からは、製薬会社の営業を担当する一部門とみなし得る関係にある。

(ヘ) 本件課税時期における企業規模については、訴外会社の資本金は金三八〇〇万円(昭和三八年度)ないし金五〇〇〇万円であるのに対し、類似会社、標本会社のそれは、少ないもので金一億円、多いものは金三〇億円に達していて、訴外会社の二、三倍から六〇倍の金額となっている(その中で、訴外会社に比較的近似する会社としては、数倍の金額にとどまる第一実業、光興業、イワキ、藤本産業を挙げることができる。)。

売上高については、訴外会社は、当時、年間金五〇億円ないし金八〇億円を上げていたところ、これ近似する会社としては、三愛石油、第一実業、太陽酸素、光興業、イワキ、東邦産業、科研薬化工などを挙げることができる。

総資産金額、純資産金額についても、訴外会社は金二十数億円ないし金四十数億円(総資産金額)、金一億数千万円ないし金三億円(純資産金額)であるところ、これに比較的近似する会社としては、三愛石油、第一実業、太陽酸素、光興業、イワキ、藤本産業、東邦産業、科研薬化工などを挙げることができる。

(2) そこで、まず類似会社比準価額法に用いるべき類似会社の選定の合理性について判断するに、既述のように、右方式は単数の類似会社に評価会社を比準させるものであり、その選定を誤った場合は、誤差が直ちに評価会社の株式の評価額に影響することになるから、減価措置を伴なうからといって、安易な選定は許されず、営業内容等が評価会社に最も近似する会社を類似会社として選定することが要請されるというべきところ、訴外会社は営業の大部分を医薬品卸売業で占めるのに対し、これを営業品目として扱うのは、稲畑産業、イワキ及び科研薬化工の三社のみである。しかも、イワキを除く二社は、実質的に製薬会社の営業部門を担当していて、訴外会社とやや性格を異にするということができる上、営業全体に占める医薬品卸売業の割合は、稲畑産業よりイワキが高率で、訴外会社に近い。

その上、資本金、売上高、資産金額など、会社の規模に関連する要素においても、イワキは、他の二社と異なり、すベての要素にわたって概ね近似すると認められるので、これらを総合すると、訴外会社に最も類似する会社はイワキというベきであり、したがって、類似会社として稲畑産業を選択する被告の主張(被告の主張9項(二))は妥当でなく、イワキを類似会社として比準すべきである。

(3) ところで、本件課税時期における訴外会社の一株当たりの純資産金額、利益金額及び配当金額が別表八記載(ただし、その基礎となる数値は法人税確定申告書に掲げられたものである。)のとおりであることは当事者間に争いがなく、また、〈証拠〉によれば、昭和三八年八月の課税時期におけるイワキの株価(毎日の最終価額の月平均額)は金二二七円(一円以下切捨て)であり、一株当たりの純資産価額、利益金額及び配当金額は、それぞれ金二一三円、金六五円、金一二円五〇銭(右課税時期の直前事業年度である昭和三六年一二月一日から同三七年一一月三〇日までの事業年度における数値である。)であることが認められるから、右三要素を比準させた上、三〇パーセントの減価をした本件株式の評価額は、次の算式のとおり、金一二五円となる。

227×〔(7.5÷12.5)+(60÷65)+(194÷213)〕÷3×0.7=128

128-3=125(前掲甲第二九号証によって認められる昭和三八年三月期における一株当たりの配当金三円を配当修正として控除する。)

(4) 次に、類似業種比準価額法の適用の前提となる標本会社の選定の合理性について判断するに、前記認定事実によれば、医薬品卸売業は、利益を上げるためにそれなりの企業努力を必要とすること、被告の選定した標本会社のうち、三社を除くものは、いずれも医薬品以外の化学製品の卸売を業とするもので、その取扱い品目において訴外会社と異なっている上、営業規模等も、訴外会社と類似しない会社を含んでいることが明らかである。

しかしながら、上記のように、右方式は類似会社比準価額法と異なって、複数の標本会社の平均値をもって類似業種の数値とするものであり、このように数社の平均値を用いることによって個々の会社が有する特殊要因を減殺し、評価会社の株式の評価に客観性を持たせようとするものであるから、類似会社比準価額法と比べて、標本会社の類似性がある程度希薄化するのは当然の前提というべきであり、また、このような平均値がもたらす評価の客観性という長所が存在するが故に、類似会社比準価額法のように、評価会社との類似性を厳密に要求されないというべきものである。

したがって、本件の場合、被告が、三社以上の標本会社をもって類似業種としたことは合理的な措置であると評価できるのであって、そのために、日本標準産業分類における小分類である「医薬品、化粧品卸売業」と関連する小分類たる「化学製品卸売業」に属する上場会社をも標本会社としたことは肯認できるから、かかる選定基準に従った結果、営業品目において隣接領域のものを扱う会社をも標本会社として選定したからといって不合理とはいえず、まして違法性を帯びると解すべきものではない。

また、事業規模においても、右方式は、非上場会社を上場会社に比準させるものであるから、その間にある程度の格差が生ずるのは予定されているというべきであり、かつ、企業規模が大きいことは、一般論としては経済的不況に耐える力が強いということもできようが、通常の経済変動の枠内においては、事業には最大の利潤を産むための適正規模があるものと考えられ、会社の規模が大であることは必ずしも業務内容の好調に繋がるとは限らないというべきであり、まして企業規模の大きい会社の株価が、その会社の有する収益力、純資産価額等と無関係に高い水準を示しているとの経験則の存在は認めがたいから、この点においても被告による標本会社の選定が合理性を失うものではなく、また、いわゆる「山一方式」や「株式公開算定基準」におけるような修正を施さないからといって違法となると解すべきものではない。

この点について、原告は、医薬品流通業界を取り巻く厳しい状況を縷縷主張し、訴外会社と他の標本会社との格差を強調する(原告の反論6項(五))ところ、これに沿う同人の本人尋問における供述があり、また、医薬品卸売業を営む会社がそれ相応の企業努力を求められていることは前記認定からも窺うことができる。しかし、類似業種比準価額法が多少の非類似性を許容していることは前述のとおりであり、仮に原告の主張するように、医薬品以外の化学製品卸売業が業績において優れ、また、事業規模の優越性が業績の優越性を生むとしても、右優越性は、株価のみならず、利益金額や純資産金額等にも反映すると考えられる(両者の間に七割の相関関係が認められることは既述のとおりである。)ところ、右方式は、一株当たりの純資産金額、利益金額等を比準するものであるから、仮に標本会社の株価が高額であったとしても、右比準要素が同様に高い数値を示していれば、計算式における分母が大となる結果、評価会社の株価が不当に高額に算出される危険性は少なくなることが明らかである(もちろん、右危険性がすベて払拭されると断定することはできないが、だからこそ、右方式は、前記のように減価措置を伴うものと考えられるのである。)。

もっとも、前記認定の別表九によれば、一株当たりの純資産価額、利益金額においては、訴外会社が類似業種を上回っていることが明らかであるから、そもそも、訴外会社の業績が標本会社の平均値たる類似業種のそれより劣っているとは認められず(この意味で、選定された標本会社は、内容のよい会社ばかりであるとの原告の主張(被告の主張に対する認否9項(三)(3))は正当ではない。ちなみに、訴外会社における一株当たりの配当金額は、類似業種のそれを下回っているが、このように利益金額は上回っているにもかかわらず、配当性向が低いのは、一般に同族会社においてありがちな、利益を内部に留保する傾向が強いことを示すものであり、これをもって訴外会社の業績が類似業種のそれよりも劣ることの根拠となるものではない。)、結局、被告による標本会社の選定が不当な結果、本件株式の評価額が高額となって原告に不利益を及ぼす旨の原告の前記主張は採用することができない。

(5) そこで、類似業種比準価額法を適用して本件株式の評価額を算出するに、本件株式の一株当たりの純資産価額、利益金額及び配当金額が別表八記載の数値であること(被告の主張9項(四)前段。ただし、同表の「純資産価額の計算」、「利益金額の計算」欄の数値は法人税確定申告書によるものであるが、かかる数値を用いることも不合理とはいえないことは、既述のとおりである。)は当事者間に争いがない。

そして、昭和四〇年一〇月一日から同四一年三月三一日までの事業年度における訴外会社の利益金額については、金三〇八〇万円を控除すべきことは前記のとおりであるから、これを補正すると、別表八のうち、41/3の行の「当期課税所得」は金七八五五万六〇〇〇円、「利益金額」は金七九〇二万七〇〇〇円、「一年間の利益金額」は金一億三三八一万二〇〇〇円、「一株当たり利益金額」は金一三三円、41/9の行の「一年間の利益金額」は金一億四二二〇万四〇〇〇円、「一株当たりの利益金額」は金一四二円とそれぞれ訂正すべきことが、計数上、明らかである。

また、類似業種の一株当たりの純資産価額、利益金額、配当金額及び株価が別表九の当該欄記載のとおりであることは前記認定のとおりであるから、両者を改正基本通達の定める類似業種比準価額法(三割の減価を行なう。)に従って比準させ、これに被告の自認する増資及び配当等の修正(配当修正は、前掲甲第二九ないし第三九号証によって認められる当該事業年度における一株当たりの配当金額を控除するものであり、増資修正は、昭和三八年一〇月に実施された増資により、一株当たり〇・二五株の新株が割り当てられたことによる減価を行うものである。)を施した結果は、別表二二記載のとおりとなる。

3  以上、検討してきたとおり、本件株式の評価額は、純資産法によれば、別表四、五記載のとおりとなり、類似会社、業種比準価額法によれば、同二二記載のとおりとなるところ、前者は、いずれの課税時期においても後者を上回っているから、本件処分の適法性を判断する前提としての本件株式の評価額は、後者を基準として判断すべきことは、前述のとおりである。

五  贈与税額等について

そこで、別表二二記載の本件株式の評価額を基に、原告が受けた贈与価額を計算すると、別表二三記載のとおりとなり(伊助と歌子が贈与した買戻権の各株式数は、他に何らの主張、立証もない本件においては、その有する買戻権の数に応じて按分した数と推認するのが相当である。)、さらにこれを基にして算出した原告の納付すべき贈与税額及び無申告ないし過少申告加算税額は、別表二四記載のとおりとなる(なお、原告は、本件株式の価額を一株金五〇円と評価し、贈与税の申告をしなかったことにつき正当な理由があるから、右加算税の賦課決定処分は違法である旨主張する(原告の反論4項)が、非上場株式を評価する方式として純資産法、類似会社、類似業種比準価額法などが存し、通達によってもこれらの具体的方式が明らかであったことは、公知の事実であるから、原告において本件株式の価額を適正に評価することが不可能であったということはできず、原告の右主張は、到底採用することができない。)。

そうすると、本件処分のうち、原告の昭和四一、四二年の各年分の贈与税の決定及び無申告加算税の賦課決定処分(ただし、いずれも異議決定及び審査裁決により一部取り消された後のもの。)は、右に認定した贈与税額を超えることがないから、適法であるが、同三九年分の右各処分のうち、贈与税額金二一万二二〇〇円、無申告加算税金二万一二〇〇円を超える部分、同四〇年分の右各処分のうち、贈与税額金一三四万二三〇〇円、無申告加算税額金一三万四二〇〇円を超える部分、同四三年分の右各処分のうち、贈与税額金三六三万八四〇〇円、無申告加算税額金三六万三八〇〇円を超える部分は、いずれも認定に係る贈与税額等を超えて違法というべきである。

六  結論

以上の次第で、原告の本訴各請求のうち、被告のなした昭和三九、同四〇年、同四三年の各年分の贈与税の決定及び無申告加算税の賦課決定処分(ただし、同四三年分については、贈与税額金七一〇〇円、無申告加算税額金七〇〇円を超える部分)の取消しを求める部分は、前記の限度で一部理由があるから認容し、その余の部分はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条、九二条本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 浦野雄幸 裁判官 加藤幸雄 裁判官 岩倉広修)

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